生利節(ナマリブシ)のサラダ

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ナマリブシという食べ物がある。なんだか不思議に水分を含んだカツオ節のような物で、最近の人は知らないかも。おいらは静岡なので、子供の頃からずいぶん食べました。意外に食べ方のバリエーションが少なくて、タマネギをスライスして醤油かけて食べるとか、マヨネーズで和えるとか、そんな感じです。Wikipediaでは、

生利節(なまりぶし)、または生節(なまぶし)とは、生のカツオを解体し、蒸す、茹でるなどの処理を施した一次加工食品。原料として、カツオ以外にマグロ、サバを使うこともある。軽度の燻製加工が施されている場合もある。

江戸時代以降に製造が盛んになる。生魚を直接加工するため、現代では静岡県、鹿児島県、三重県、高知県、和歌山県、千葉県など、カツオやマグロの水揚げが多い漁港周辺で生産される。水分を40%程度含み、保存期間に制限があるため、長期保存が可能な鰹節よりも生産量は少なく、鉄道での輸送が始まるまでは生産地周辺の地域、鮮魚より少し広い程度の範囲にしか流通させることができなかった。



日本人に馴染み深いカツオ。その生態から一本釣りの現場、かつお節製造、漁の儀礼、食べ方、カツオによる地域おこしまで広く紹介する。産業としての社会学・経済学、文化としての民俗学など様々な視点からの解説。
発祥はそんなに昔ではなく、江戸時代だそうです。乾しガツオは奈良時代とか、もっと昔からあるので、比較的、新参です。ところで、江戸では初鰹というのが喜ばれたわけだが、ナマの魚は日持ちしないので、モノを冷やす事が出来なかった時代には大変だった。で、一度茹でてある生利節は生魚よりは日持ちする。とはいえ、40パーセントの水分が残っているので、真夏では二、三日か。冷蔵庫とか、冬だったら一週間は保つ。この生利節が、江戸っ子には人気があった。

なまり節は江戸懐石の旬を彩る献立の定番として、たいへん人気がありました。それは江戸時代の画家で俳諧にも通じた粋人、酒井抱一が詠んだこんな句からもうかがえます。「二日目は矢次早なり初なまり」。この初なまりが、今でいうなまり節です。

この句の意味なんだが、抱一が料理屋で初鰹を食べた翌日、再びその店を訪れると、今度は生利節を出されたというので、その手際の良さに感激した、という事で、モノが保存しにくかった時代にはそうした知恵で暮らしていたわけだ。

ところで、今では日本の生利節の95パーセントは焼津市から「出荷」されているというのだが、おいらの買ったコレは田子の産です。田子は、かつては遠洋漁業のカツオ船基地として栄えた町なんだが、今ではカツオ船は出ていない。それでも、焼津とは縁があって、今では焼津から冷凍カツオを分けて貰って、それで鰹節を作っている。大きな鰹節工場が2つある。焼津で作っている鰹節は黴付けしてない「荒節」の花ガツオなんだが、田子の鰹節は何度も黴付けした本枯節です。で、生利節もちゃんと燻製加工してある。行ってみれば判る事なんだが、田子では鰹節工場の裏がすぐ山になっていて、そこから簡単に薪が調達できるわけです。焼津で量産しているモノとはモノが違う。自然に恵まれた伊豆の奥地だからこそ、です。で、そんなとておきの生利節を使って今風のサラダを作ろうという試みなんだが、今回はドレッシングがイマイチだったので、再度、挑戦しますw

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