船頭小路で蒲鉾買って、秋の鍋焼きうどん

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秋の鍋焼きうどんw 小田原に行くついでに、籠清で季節の蒲鉾を買ってきた。可愛らしい柿の模様が入ってます。鍋焼きうどんというのは良く出来た食べ物で、なにしろ熱いので、そうカンタンには食べられない。フーフー言いながらゆっくり食ってると、その間にもどんどんツユを吸って麺が膨れるw 食べても食べても、麺の量が減らないw そうこうしているうちに、具から出た旨みでツユが美味しくなって、とてつもない満足感の得られる食べ物だ。これ、冬だけの季節モノにしておくのは勿体ないですねw というわけで、飯山一郎翁には怒られそうだが、エアコン思い切りブンブン回して、部屋を冷やしておいて、汗だくになって食べる。だって、エアコン使わないと、我慢大会になってしまうものw 最近、我慢大会って、聞かないね。むかしは、夏に炬燵入ってドテラ着て、鍋焼きうどん喰うというような、そんな催しがあったんです。熱中症で倒れるヤツとかいなかったのかな?



カマボコの研究を始めるにあたり、とても参考になりました。
少々値が張りますが、買って損はない1冊だと思います。
これを買ったおかげで彼女ができました。
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蒲鉾の籠清なんだが、他にもあまた蒲鉾屋はあるものの、おいらのヒイキはここです。ここの工場は静岡なんですけどねw 本店は風情のある建物で、船頭小路というところにあります。

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船頭小路からすぐに、浜です。もともと、小田原には「港」というのはなかったらしい。この御幸の浜に漁船が魚を揚げ、船頭小路の練り物屋が蒲鉾にしたという、そんな言われがある。小田原港が出来たのはいつ頃だったのか、戦後すぐに、小田原城動物園の象が来た時には、港から上陸して、丘の上に建つ小田原城まで、自分の足で歩いて登ったというんだが、その時、芸者さんたちが三味線弾いて先導したというんだが、なので、港がなかったというのは、ずいぶん昔の話です。つうか、今、調べてみたら、小田原漁港の開設は1968年だそうで、だったら象さんはどこから上陸したのか? 誰か知っていたら教えて下さい。

さて、どんどん話が逸れるんだが、鍋焼きうどんです。まずは、ツユを作る。昆布で出汁引いて、削り節は、鯖節と宗田節と、そして本枯れのMIX。醤油と味醂と日本酒で味を整えて、ちょっと薄口にしておく。鍋にツユを張って、茹でるのに時間のかかる生椎茸、出汁にもなる鴨肉などから煮る。麺は太いものを推奨。ネギや天麩羅は後から追加。さらに卵は、火を止めてからでいい。蓋をしたままテーブルに運び、まだ固まってない玉子を麺にからめるところから、まだ冷たい玉子が煮えたぎった麺に絡んで、かろうじて食べられる熱さになる。さぁ、後はひたすら熱さとの戦いですw

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