テレサ・テン生存説

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初出/2009-04-16

李香蘭とテレサテンというエントリを横に開いて、二人の色っぽい中国歌謡を聴きながら読んでいただきたいんだが、続きです。

李香蘭とテレサテンと、二人が歌っている曲というのは幾つもあるんだが、李香蘭がオリジナルで、テレサテンがカバーと、そう簡単なモノではないです。「夜來香」はそうらしいが、「何日君再来」は、中国人歌手が唄ったのをリスペクトしてカバーしたとかコンサートで発言しているし、もっとも、テレサテンは日本語でも歌ってるわけで、だとすると当然、李香蘭は聴いてるわけですね。つうか、テレサテンはローティーンでデビューしているので、李香蘭と活動時期は重なってないんだが、当然、その存在は知っていた筈だ。

で、テレサテンなんだが、おいら、
テレサテン死んだフリ説というのを昔から唱えているんだが、誰も相手してくれません。ロリポップの過去ログも消えてしまったので、再録しておきます。今回、川島芳子の生存説が浮上した事で、ますますおいらの確信は高まったんだが、川島芳子が身替わりを立て逃亡したというのは中華圏では当時からよく知られていた話であって、李香蘭のカバー曲を歌っているテレサテンもよく知っていたと思われる。国家権力の圧倒的な暴力の前には、時として、死んだフリをするのも処世の知恵というモノなのかも知れないですね。

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再録・鄧麗君 (テレサ・テン)は生きている   2006/09/29 04:28:27

いつまでも僕たちの心の中に、とか、アジア中のカラオケバーの夜に、とかじゃなく、文字通り、生きている、という話。これはチェンマイで仕事をしている日本人雑貨バイヤーから聞いたんだが「そもそもあのホテルがアヤシイ」とか。彼女が死んだことになっているホテルはチェンマイの繁華街にある。バイヤーさんはそこに泊まっていたんだが、夜中に誰か入ってくるような気配で目を覚まし、それがテレサテンの幽霊じゃないかと不安になって地元の人に相談したんだそうだ。このホテルのロビーには生バンドが入ってフィリピンの女の子が3人で歌っていたんだが、たまたまその一人が風邪で休んだ時にも「客からは3人並んで歌っているように見えた」なんて話もあり、小綺麗なホテルであるにもかかわらず「幽霊ホテル」の異名がささやかれる事態になっていた。ところが。地元のタイ人は一笑に付す。「出るよ。でもテレサテンじゃない。だってテレサは死んでないもの」なんでもそこは元女郎屋だった場所で、そのため「恨みを呑んで死んだ女郎の幽霊が出る」らしい。じゃあ、テレサテンは? 死体の写真まで公開されたじゃないか。

「その、死体を待っていたんだよ。チェンマイは中国系の住民が多いからね。テレサテンみたいな顔をした人はおおぜいいる。警察に手をまわして手頃な死人が出るのを待っていたんだ。タイ人は墓を作らないからな。火葬にして川に流してオシマイ。貧乏人にカネを渡せば死体なんてカンタンに手に入る」そういえば理由も不明のまま、彼女は長期間にわたってチェンマイに滞在していた。死ぬ直前まで元気だったのが突然、死んだ。あやしい事だらけだ。「この街は何でも買えるんだよ。13歳の処女でも、トラック一台分のヘロインでも。警察だってカネ次第だ」と、そう言われると可能性がなくはない。でも、何故?

ここから先はおいらの推測。戦後、本土から台湾に渡ってきた父親の関係でテレサテンが国民党のスパイだったというのは有名な話なんだが、死ぬ前には中国本土でも人気が出ていた。ひそかにダビングされたカセットが中国本土津々浦々まで浸透し、昼は鄧小平、夜は鄧麗君、二人の鄧が中国を支配している、とまで言われた。ところが、あの天安門事件。テレサテンは反中共の立場から香港で集会に参加する。中国と台湾と、ふたつの祖国。生前、彼女は何かに怯えていたのは確かだ。チェンマイ事件の数年前にも「強盗に殺された」というニュースがどこかから流れて大騒ぎになったのを覚えてないだろうか? その時は誤報ということで本人が出てきて一件落着だったんだが、もっと昔だと偽造パスポート事件というのもあった。興味のある人は調べて貰いたい。とにかく彼女の周辺ではあやしい事件が多かった。

あの時代の中国人にとって、テレサテンというのは「窮屈な本国の外にひろがる自由な華人社会」の象徴だった。しかも出自の関係で、彼女は国民党軍に協力を余儀なくされて宣伝塔をさせられていた。そのため本土の共産党から「狙われていた」という話もある。彼女は幼い頃から歌手をやっていたんだが、死ぬ直前にはほとんど活動していない。人気がなくなったわけでも、病気がちだったわけでもないんだが。むしろ、カセットはアジア中で売れまくっていた。ステージに立つ必要もないほど。で、どんな歌手でも年を取ると声が出なくなるものだ。キーが下がって、あの透明感のある艶やかな声が出なくなる。こうした状況の中で、テレサテンは「姿を消した」。で、何故か死んだあとでクレジットカードが使われていてカード会社から訴訟を起こされていたり、わざとらしく死顔が新聞に掲載されたり、チェンマイに奇妙な伝説を残したりしている。紛れもなく、彼女は大歌手だった。あらゆる意味において。

再録・テレサテンは生きている   2007/06/03 20:55:58

58 :名無しさん@3周年 :2007/06/03(日) 01:03:01 ID:xQjsEuXk

そういえばテレサテンのドラマも李登輝来日に合わせて放送してたのか。
ネットにそんな書込みがあったんだが、これって、ちょっと普通の日本人には判らない感覚だと思うんだけどね。というのも、日本人が知っているテレサテンというのは、彼女のごく一面でしかないわけだ。タイでは彼女の歌は、もっぱら中国語で売られていてポピュラーなんだが、もちろん日本人相手のカラオケ屋に行けば、たどたどしい日本語でテレサテンの歌を口にするホステスが見られる。彼女が日本で吹き込んだ曲は260曲ほどあるそうだが、中国語で吹き込んだ曲は1000曲を越えるそうだ。で、中国が改革解放に向けて動き始めた1980年代には、彼女の歌は中国本土で絶大な人気を誇っていた。といっても表向きは禁止されていたので、こっそりとコピーされたカセットで流通していたんだが。
      中国は2人の鄧によって支配されている
          昼は鄧小平、夜は鄧麗君(テレサテン)

というのが当時の言葉として伝わっているんだが、共産主義で凝り固まった中国人の心を溶かしたのは、実に、テレサテンの歌声だったのだ。

テレサテンは、ミドルティーンの年頃で台湾デビューしている。父親は国民党軍の軍人であり、彼女もまた「軍人の恋人」と呼ばれ、慰問活動を熱心にやっていた。当初はアイドル歌手としてポップスを歌い、日本の歌謡曲のカバーなんぞも歌っている。小林旭のツーレロ節とかw 日本でデビューしたのは20歳の時だが、人気が出てきたところで偽造パスポート事件を起こして入国できなくなってしまう。この偽造パスポート事件というのも、よく判らないんだけどね。ちゃんとビザが取得できるのに、何故、インドネシアの偽造パスポートを使ったのか。

1978年成田空港が開港し、翌年一般市民による国際交流時代を象徴するような事件が起きました。テレサテンの偽造パスポートによる強制送還です。1980年台湾はそれまでの芸能ビザに加えて、一般市民の観光ビザを認め、名刺外交といった流行語まで生まれるほど、台湾女性群が日本にやってきました。1982,3年ごろからタイ人女性も大挙日本を目指しました。
   1984年日本の最高額紙幣1万円札が福沢諭吉の肖像画に変わりました。私には「円高」やバブル経済の象徴のように思われていました。
    当時の入管は、降って沸いたように急増する入国外国人の対応にてんてこ舞いで、職員募集に躍起のようでした。人材や経験不足の虚を付いて、考えられるありったけの方法や手段で入国が可能で、偽造パスポートが半ば公然に通用してた一時期がありました。と申しますのは、1980年から10年もの間、私が接触した100名以上の女性たち、一人一人にドラマチックな背景がありまして、信じられないような入国を見聞きしておりました。
   テレサテンの事件は、テレサテンが有名になりすぎ、顔が知れ渡っていたことの不運だったように思い出します。
タイで植樹運動をやっている爺さんのサイトなんだけどね。それにしても売り出し中の歌手がじゃぱゆきさんを偽装して入国するというのも妙な話なんだが、テレサテンには国民党のスパイだという話が当時からあったのだ。で、その後は香港を拠点に東南アジア華僑のあいだで活躍し、日本に戻れるようになってからは今でもカラオケで定番になっている『つぐない』『愛人』『時の流れに身をまかせ』などの大ヒットを飛ばす。

さて、テレサテンのスパイ疑惑なんだが、ミドルティーンから有名な歌手だった彼女が何をスパイするのかよく判らないんだが、彼女が「中国共産党の暗殺者に脅えていた」というのは確かだ。あまり触れられない話なんだが、彼女が強盗に襲われて殺されたという報道が流れた事があった。その時はテレサテン自身が出てきて誤報だという事になったんだが、アレは何だったのか。そして、10年前のチェンマイ事件に至るわけだが、アレもちょっと怪しいわけだ。

おいら、チェンマイはまんざら知らない土地ではない。ナイトマーケットやターペー通りには挨拶しなきゃならない相手がいっぱいいるわけだが、定宿はテレサテンが死んだメーピンホテルだ。で、あのホテルなんだが、お化けが出るという評判なんだよね。あすこはもともと女郎屋があった土地で、恨みを呑んで死んだ女郎の幽霊が出るという話なんだけどね。他にもホテルはいくらもあるというのに、何故か、彼女はそこに何週間も連泊している。おいらが聞いた話では「前の日まではとても元気だった」と。それが「テレサテンの泊まっている部屋に、黒い服を着た男が入って行くのを見た」その日に突然、亡くなったという話なんだが。

もうひとつ謎がある。肺炎で死んだという彼女の遺体が、どういう理由か知らないが、やたらマスコミに公開されているのだ。タイでは事件現場の死体写真は割と平気で公開するんだが、そのタイ人が驚くほどだった。わざと見せびらかしているとしか思えない。

ワイドショーでレポーターがタイのモルグまで行って
カメラ回しながらテレサさんここに安置されてンですか?って聞いたら
職員が「あ、コレね・・・」って感じで引き出し開けやがって。
そしたらテレサのモロ遺体がデローンってアップに。
なんていう証言もある。恋人のフランス人が一緒だった筈なんだが止めなかったのか? また、死んだとされる日より後に彼女のクレジットカードが使われて、カード会社から訴えられたりしている。それって、どういう事だ?

チェンマイは麻薬取引の盛んな土地なんだが、マフィアのボスがフランス人だという噂もあったりする。タイでは珍しく白人の多い街で、人身売買の拠点でもあり、カネさえあればトラック一杯のヘロインだろうがトラック一杯の少女だろうが、手に入らないモノはない。ちょうどその時期、ナイトマーケットで土産物を売っているオヤジが、電話一本でトラック一杯のロリコン少女を手配していたのを、おいらは知っている。住民は中国系が多く、いわゆる山岳少数民族というのも中国系だ。それと、チェンマイから遠からぬ場所には中国から逃げてきた国民党の残党が巣くっている。と、こうして見てみると何やら見えてくるモノがあるわけだ。

フレンチ・コネクションがまず、動く。必要なのはテレサテンに似た死体だ。チェンマイに行ってみれば判る事だが、そんなに難しい注文ではない。あの街にはああいう顔の女がいくらでもいる。実際に女を捜すのは阿片繋がりで国民党残党だったかも知れない。ネットや携帯電話なんかない時代から、彼らは短波無線の鉄塔を建て、台湾と交信している。それもおいらは見ている。死ぬ前のテレサテンはほとんどマスコミには登場してないので、多少の違いは判らないだろう。で、準備は早い段階で動き出していたと思うんだが、もうすぐ死にそうなエイズ患者か何かが出て、テレサテンはチェンマイ入り、あとは黙って待つだけだ。これで、彼女が用事もないのに何週間も滞在していた理由が解明されるわけだ。まぁ、コレは単なる妄想に過ぎないんだけどね。中国共産党に暗殺されたというよりは、自分から死んだフリして逃げたというのが正しいような気がする。偽造パスポートや狂言強盗騒ぎの延長に謎の変死というのを置いてみると、ピッタリと符合するのだ。

これからは、どこかでテレサテンの歌を耳にしたら、ちょっとだけでいいから、まだ地球のどこかで生きているかも知れない一人の女の事を思い出してやって貰いたい。国民党と共産党と、台湾と中国本土と、ふたつの中国に押し潰されそうになりながらも、必死に歌い続け、時代を作った一人の女の事を。

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戦後の歌曲ですが「三年」
李香蘭
http://www.youtube.com/watch?v=64jYL2wTG5M

鄧麗君
http://www.youtube.com/watch?v=PQL6M1KlfQQ

一番好きな老歌です。

生きているんでしょうね。いいお話です(`・ω・´)

テレサは自分の中で生きてましゅ♪

Pinaパブでは絶大な支持ですわ。
『つぐない』『愛人』『時の流れに身をまかせ』『別れの予感』『あなたと共に生きていく』が今のところ十八番でしゅ♪

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