チェンジワルツ

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プレスリーの「Are You Lonesome Tonight」なんだが、何もプレスリーの話をしようというのではない、
チェンジ・ワルツという話なんだが、チェンジ・ワルツという曲があるわけじゃないです。ワルツならなんでも「チェンジ・ワルツ」になりうるわけで、要するに生のバンドが演奏を交代する時に、ワルツを演奏するわけですね。

ハコバンやっていたベーシストの書いている説明なんだが、

「ハコバン」はたいがい、2つのバンドが交代で演奏していた。交代時間になると演奏中のバンドがこの「チェンジ・ワルツ」を演奏するのである。生演奏を営業時間中、絶やさないためである。休憩中だったバンドはワルツを聞くと「おっと!時間だ~」ということでステージに上がるのである。「チェンジ・ワルツ」という曲があるわけではなく、バンド交代のための曲である。具体的には「テネシー・ワルツ」、「嘘は罪」、「ムーン・リバー」、「ファシネーション」、「鈴かけの径(みち)」などの3拍子の曲である。ボーカルのいるバンドでも、この「チェンジ・ワルツ」はインストで演奏される。そして演奏が途切れないようにバンドが交代するのである。次のステージに演奏するバンドのメンバーは自分の準備が出来たら、前のバンドの同じ楽器の人に一礼して音を出すのである。

キャバレーといっても、今のキャバクラなんかじゃなくて、ダンスの踊れるダンスホールみたいな場所ですね。ハコバンというのは、小さなビッグバンドみたいな構成で、8人くらいだったらしい。ショーバンドとも言って、手品やストリップや、たまには有名歌手の伴奏やったり、何でもやります。でも、ひとつのバンドでひと晩は持たないので、交代します。交代するのは、たいてい「コーラスバンド」と呼ばれるグループで、ムード歌謡コーラスとか、昔だったらハワイアンだったり、人数がちょっと少ないわけだ。TVの歌謡番組にこういうのが出てくると、なんだか背筋がゾクゾクするような声で甘ったるい変態的な歌謡曲やっているので誤解されがちなんだが、本来、自分たちで楽器弾いて、ちゃんとダンス音楽やれる連中だったわけです。

で、おいら、そういう店には行かない人間なので知らなかったんだが、グノーシス派の神父さんが元バンドマンで、色々と昔話を教えてくれたわけだ。と、ここでスマイリー小原さんを見ていただきましょうね。



バックバンドの指揮者が歌手より目立ってどうする? という感じなんだが、50歳以上の年寄りだったら、TVでもよく見掛けたので覚えているかも知れない。踊る指揮者です。



おいらが毎日のようにコーヒー飲みに行く近所なんだが、マスターが、このスマイリー小原の「ジュニア・バンド」のバンマスやっていたわけです。ジュニア・バンドって何だ? スマイリー小原はビッグバンド率いてTVやコンサートや、大きなキャバレーなんぞにゲスト的に出演していたわけで、キャバレーのハコバンなんぞは、二線級のメンバーでやるわけだ。それをジュニアバンドと呼ぶらしい。

マスターはもともと熱心なカトリックだったので、子供の頃から教会でオルガン弾いていたらしいね。そこでスカウトされて、「バンマスは裏方のマネージャーみたいなもんだから、腕は関係ないんだよ。おまえは英語がしゃべれるから都合が良い」と口説かれたそうで、新宿コマ劇場裏の大きなキャバレーのハコバンバンマスに就職したそうで、ストリップでは最後に客席にお尻を向けて全裸になるのでバンドマンからは丸見えだとか、若いギター弾きなんかだと、それでトチったりするので困るとか、年寄りの手品師だと、ドラムロールからシンバル叩くタイミングがヨタヨタしてて、ズレるとか、ラッパ吹きは麻薬中毒ばかりだったとか、まぁ、神父らしからぬ話題なんだが、コーヒー屋のマスターらしからぬ話題でもあって、不思議な人です。しかも、この人、コレで元・大学教授だそうでw

で、チェンジワルツなんだが、ある日、トラ(臨時雇い)のピアノ弾きが来たそうで、いつものメンバーが休む時には、責任持って代役を手配するわけですね。来たのが音楽大学の学生で、若くて綺麗なネーチャンだったので「まぁ、コレでもいいか」といつものように演奏していたんだが、やがて交代の時刻になったので、バンマスがネーチャンに「チェンジワルツやれ」と指示したわけだ。

ところが、ネーチャン、クラシックの人なので、飲み屋のバンドのお作法なんか知らないわけです。あわてて楽譜を探して
「ありません! チェンジワルツって、どんな曲ですか?」
と聞いたというんだが、そんなわけで、チェンジワルツという曲があるわけじゃないんだが、バンドマンだったら知らないヤツはいない、という話です。で、マスターが好んでやっていたのが、上のYouTobeの「Are You Lonesome Tonight」だったというんだが、他には、「鈴掛の道」とか「テネシーワルツ」「フライミーツーザムーン」「テンダリー」あたりがよく使われたらしい。

指揮者が指示すると、まず、ピアニストがメモリー(譜面なし)で演奏を始め、最初はみんなで演奏しているんだが、一人ずつ、次のバンドのメンバーに入れ替わるのだそうで、あくまでも音楽を絶やさないというやり方ですね。で、一曲やる間に全員入れ替わって、最後にピアニストとドラマーが交代して、次のステージだ。まぁ、今では何組もバンド入れてるキャバレーというのも少なくなったわけで、あまり見られない景色かも知れないですね。なので、生バンドが入ってるからといっても無闇にワルツとかリクエストしないように。控えのバンドが焦りますw



で、そんなキャバレーの日々なんだが、ビルの一階に「マジソン」という喫茶店があって、指揮者のタキシード姿で毎日そこで暇潰ししていたので、歌舞伎町では顔だったとか、マジソンでツケでコーヒー飲んでいたのは何人もいない、とか、そんな話です。で、当時、ハコバンの交代バンドで来ていた下手くそなコーラスバンドがあったそうで、そこでトランペット吹いていたのが、あの、タモリだそうです。Wikipedia見てみたんだが、ずいぶん長い文章なんだが、そんな話は出てないですね。

1965年に早稲田大学第二文学部西洋哲学専修へ入学。その後学費未納のため抹籍処分となる。

早稲田大学在学中はモダン・ジャズ研究会に在籍し、トランペットを演奏。同期に増尾好秋、1年先輩には鈴木良雄らがいた。「マイルス・デイヴィスのラッパは泣いているが、お前のラッパは笑っている」などの批評を受け、主にマネージャー・MCを担当することになった。このことは、後の話芸の基礎ともなった。この時期、学生バンドの司会としてTBSラジオの番組「大学対抗バンド合戦」に出演し、MCの大橋巨泉からその才能を認められている。

早稲田大学を去った理由は、2年次の5月の連休、友人2人と旅行を計画し、学費用に仕送りされた資金を旅行用に一旦充てたが返済されず、自分の授業料が払えなくなったためである。学費未納のため抹籍という処分となった。ただし、モダン・ジャズ研究会のマネージャー役は続行し、かなりの収入を得ていた。

多分、学生時代の話なんだろう。タモリが素人離れしたトランペット吹くのはよく知られているんだが、といって、プロで通用するほどではなかったようです。

さて、ところで交代の曲がチェンジワルツというんだが、じゃあ、ラストの曲は? というと、




この曲は、エンディングの定番である「そっとお休み」とキーが同じなので、繋げて演奏する、なんていう技を使うらしい。「そっとお休み」は今でもスナックなどのエンディングとして定番で、おいら、バンコクのカラオケクラブでリクエストして歌ったら、その場にいた客が全員帰ってしまって焦った事があるw まだ9時過ぎだったんだが、条件反射というのは恐ろしいもんですw 

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「ブルー・ボーイ」という男性のストリッパーがいて生殖器を太腿に挟んで女性のように見せるという芸なのですがこれもバンドマンからは丸見えなのでいいことばかりではなかったようです。

ディーンマーチン。底抜けシリーズみたーーーい。

ピーナッツ クリムゾンのエピタフを歌っている
http://www.youtube.com/watch?v=Y21_bGNsKVo

プレスリーは何と言っても ハワイの生中継 中一かなあ
SONYのメモをテレビの前に置いて録音したあ 親戚が来ていて 静かにーとかやっていた 衝撃だった! 男が歌いながら泣くのをみたのも最初。


ワルツだとこの曲が好いな。65歳でこんなかっこいいオッサンはいません。

http://www.youtube.com/watch?v=e4hNAgn-JOw

>ラッパ吹きは麻薬中毒ばかり

みなさん、チェット・ベイカーに感化されちゃってるんですかねw

 タモリは「今夜は最高!」でペット吹いてたが、
お世辞にも上手いとは言えなかったな。
 「空飛ぶモンティパイソン」でハナモゲラ語やってたのが
一番面白かった。

>Elvis

"love me tender"

"give me tenderloin"

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