大きなポニー

| コメント(13)
おいらの親戚のオジサンなんだが、戦争中は偉い軍人さんだったので、家まで兵隊さんが馬を挽いて迎えに来ていたそうで、もっとも主計局でソロバン弾いていただけの、単なる会計屋さんです。三島には軍隊があったんだが、迫撃砲とか運ぶのに、馬を使っていたらしい。というか、それ以前の江戸時代から箱根越えで馬は多かったようだね。おいらが子供の頃までは、夏祭りの頼朝行列もみんな馬に乗っていた。それが今では、馬なんか飼っても他に使い道がないので、頼朝公以外はみんな徒歩になってしまって、なかなか情けないですw 頼朝公の馬だけは、どっかの乗馬クラブから借りてくるらしい。

戦国時代の軍馬はポニーサイズとか良く馬鹿にされるけど、結局、こうした話は事実なの?

三毛(東京都). 2013/01/05(土) 23:59:56.53 ID:MvmEkQU8T

馬に乗り初詣 恵庭・豊栄神社 3年ぶりに復活

 【千歳、恵庭】正月三が日の両市内はおおむね天候に恵まれ、各神社は家族連れなどの初詣客でにぎわった。恵庭の豊栄神社では元日、3年ぶりに騎馬参拝が復活。原田裕市長がドサンコに乗って参道を進み、周囲の参拝客は驚きの表情で見つめていた。
ピクシーボブ(茨城県) 2013/01/06(日) 00:02:07.39 ID:Y23mqZm00
股間は馬並みっす
シャム(関東・甲信越) 2013/01/06(日) 00:03:22.67 ID:te/V52htO
世界的に山岳地帯でデカい馬は使わない
ハイイロネコ(九州地方) 2013/01/06(日) 00:05:19.19 ID:w83cKkuLO
大河ドラマとかでみるアラ系サラ系が入ってきたのは、確か明治頃だったはず
見映えがいいから、大河ドラマでは現代でよく見かけるアラブ系やサラブレッド系が使用されているんだろうけれど
11  コーニッシュレック(大阪府). 2013/01/06(日) 00:13:38.55 ID:nYo/QLGf0
木曽馬とかカワイイよね
12  三毛(東京都) 2013/01/06(日) 00:29:17.43 ID:s5E+ODp90
ロバのパン屋で働く木曽馬
13  サイベリアン(新疆ウイグル自治区) 2013/01/06(日) 00:35:09.07 ID:J8y/+TOs0
在来馬を飼っているところはあるから見てきたらいい。
14  ヒマラヤン(チベット自治区) 2013/01/06(日) 00:35:17.63 ID:Q8GI4PlC0
【明治19年における国別牛馬飼育頭数(第三次農商務統計表)】
▽馬50,000頭 牛1,000頭
北海道、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉
▽馬50,000頭 牛10,000頭
青森、岩手、秋田、千葉、長野、新潟、岐阜、宮崎
▽馬10,000頭 牛1,000頭
山形、東京、神奈川、山梨、愛知、富山
▽馬50,000頭 牛50,000頭
熊本、鹿児島
▽馬10,000頭 牛10,000頭
静岡、石川、高知、福岡、佐賀
▼馬10,000頭 牛10,000頭
福井、徳島、愛媛、長崎
▼馬50,000頭 牛50,000頭
大分
▼馬1,000頭 牛10,000頭
滋賀、奈良、大阪、香川
▼馬10,000頭 牛50,000頭
三重、兵庫、岡山、広島、鳥取、島根、山口
▼馬1,000頭 牛50,000頭
京都、和歌山
15  アムールヤマネコ(北海道) 2013/01/06(日) 00:41:42.50 ID:6Pn8ePuR0
どうなんだろうな 雑兵はともかく
偉いやつは選りすぐりのでけー馬に乗ってたんじゃねーかと推測
22  サイベリアン(新疆ウイグル自治区) 2013/01/06(日) 00:55:18.52 ID:J8y/+TOs0
>>15
非舗装の野山を超えて行くんだから、頑丈で、我慢強く、小回りが利いて、冷静であり、
また粗食に耐えることが望ましかった。在来馬で問題ない。
16  しぃ(東日本) 2013/01/06(日) 00:43:20.83 ID:dK93nwFS0
今の競馬で見かけるような華奢な脚で戦場は無理じゃねぇかって気はする。
17  白(新潟・東北) 2013/01/06(日) 00:44:05.14 ID:eDFPnwdA0
そもそも現代のような形の馬が出てきたのはここ何十年かだぞ
江戸時代にいるわけがない
18  ソマリ(新疆ウイグル自治区). 2013/01/06(日) 00:45:35.69 ID:JhU7a1Fh0
モンゴル軍の馬もポニーサイズだったがユーラシアの大半を征服したぞ。
19  キジトラ(愛知県) 2013/01/06(日) 00:46:59.28 ID:ESXvlQsU0
中世は栄養状態が悪かったから現代では巨人の多いオランダとかヨーロッパ人でも平均身長が150~170センチだった。
馬も今で言うポニーサイズだったにしろ、人間も小さいからけっきょく同じことだった。
サラブレッドとかは品種改良された馬だから中世にはそもそも存在していない。
20  サバトラ(dion軍). 2013/01/06(日) 00:49:53.25 ID:JQT4T8vkP
ポニーじゃないよ
サラブレッドじゃない野良馬って感じ
農耕にも使ってたし、ばんえい馬みたいなもんだと思ってほしい
23  アムールヤマネコ(北海道). 2013/01/06(日) 00:55:30.12 ID:6Pn8ePuR0
>>20
お前、簡単にばんえい馬とか言ってるけど
花の慶次なら「な、なんたる巨馬!」のレベルだぞ
78  スナドリネコ(神奈川県). 2013/01/06(日) 03:20:36.04 ID:0xPmzumv0
>>20
ばんえい馬はサラブレッドよりでけえよアホ
80  キジトラ(新疆ウイグル自治区). 2013/01/06(日) 03:25:51.44 ID:fvIMl1iT0
>>78
マジすかそれすごいな。
テレビとかでしか知らないけど
足とかぶっといもんな
リアル黒王だな。
21  エジプシャン・マウ(内モンゴル自治区) 2013/01/06(日) 00:49:55.44 ID:5SRvfF2dO
馬にも輓馬みたいな重種がいるだろ
あれに乗ったら強いと思う
27  しぃ(沖縄県) 2013/01/06(日) 01:05:21.05 ID:nQxcKPaG0
日露戦争時代の軍馬は主に南部駒だったから小さいよ
長距離移動も迅速にできずロシア軍馬が騎兵として長駆してたのとは対照的
まともに張り合えないから日本陸軍騎兵は馬から下りて戦った
ちなみに日露戦役後にドイツ他から馬を大量に買い入れて一変し軍馬だけではなく競馬も隆盛した
そして南部駒他の日本産馬は一気に衰退した
29  オリエンタル(関西・東海) 2013/01/06(日) 01:07:13.20 ID:ZlkR4YGNO
上野動物園の在来馬は、ポニーを一回り大きくしたような感じだった。
正月番組で、岩手県で今でも馬使って木を切り出してる様子があったが、あの馬はどんな種類なんだろう?
31  しぃ(沖縄県) 2013/01/06(日) 01:10:54.85 ID:nQxcKPaG0
ちなみに童謡「おうま」は陸軍省が軍馬飼育奨励のために国民を幼いころから軍馬に親しませるために作曲依頼した
現在でも子どもたちに親しまれているが根幹は軍国歌謡なので君が代以上に批判を受けていいはずだ
32  アフリカゴールデンキャット(京都府) 2013/01/06(日) 01:15:10.95 ID:vNEkldHS0
>>31
わろたw
33  リビアヤマネコ(北海道) 2013/01/06(日) 01:15:48.93 ID:6iPVn7Cf0
知恵袋見てきたら赤兎馬とか絶影、爪黄飛電やらの三国志の名馬も
ちょっと大きいポニーって説なんだな
夢壊れちゃうわー
34  三毛(やわらか銀行) 2013/01/06(日) 01:17:11.17 ID:/0OqgJta0
大丈夫。乗ってる人間も小さかったから。
38  ジョフロイネコ(大阪府). 2013/01/06(日) 01:18:49.27 ID:RvJCggUs0
花の慶次の松風とか
蹄で人間サイズぐらいあったけど
じゃああれも嘘ってこと?
41  イエネコ(大阪府) 2013/01/06(日) 01:22:21.32 ID:qarj48eo0
>>38
ラオウが風のヒューイを張り倒す時に掌がヒューイよりデカくなってただろ
あれと同じだ
40  ハイイロネコ(京都府). 2013/01/06(日) 01:20:22.48 ID:+nPYsUYv0
人間が小さい
日本に限らず世界中で人類のサイズが小さかった
42  マンチカン(岩手県) 2013/01/06(日) 01:23:45.70 ID:29twZi1+0
日本の馬っていつからいたの?
人間がつれてきたの?
それとも在来種なの?
48  しぃ(沖縄県) 2013/01/06(日) 01:36:23.73 ID:nQxcKPaG0
>>42
魏志倭人伝に「倭には牛馬や虎はいない」と書かれてることと
馬の埴輪が出土してることを考えると3~4世紀ぐらいに中国から献上品として来たと言われてる
だが倭が九州とする説(畿内や出雲とは別)や大和朝廷はすでに馬に乗っていたと思われる記述などから
弥生時代の中期~後期にはすでに持ち込まれていたと思われる
69  オリエンタル(関西・東海) 2013/01/06(日) 02:38:13.74 ID:TGQmirNgO
>>42
2000年ぐらい前に三韓征伐などでたびたび南洋からやってきた倭人が朝鮮半島を襲撃して数百年も植民地支配していた。新羅の王家などは日本人が乗っ取ってしまったほど。
その時に略奪した戦利品が日本の在来馬のルーツといわれている。
43  ヨーロッパオオヤマネコ(愛知県) 2013/01/06(日) 01:29:13.39 ID:mMuGF9mJ0
馬が小さいとか言うけど
和牛の牡牛の5歳くらいの大きさはハイエースくらいあるんだぜ
お前ら食ってるのは2歳くらい
今はそこまで育成しないから和牛の成牛の巨大さがわかってない
45  オセロット(東日本) 2013/01/06(日) 01:29:35.67 ID:MXIsfE0ZO
ポニーって。足が短いのはその通りだけど。
あの当時の在来種はずん胴でがっしりしてて、気性が非常に荒い。ポニーなんてかわいいものじゃなく、猛獣に近いイメージだよ。
考えてもみろよ。当時は小柄とはいえ大人の男一人が甲冑着て、槍弓刀で武装して乗ってる。ポニーで耐えられると思うか?
50  メインクーン(神奈川県) 2013/01/06(日) 01:38:01.72 ID:nup0vhhn0
>>45
ポニーとは肩までの高さが147cm以下の馬の総称
だから日本の馬はポニーだし、その祖であるモンゴルの馬もポニー
52  アムールヤマネコ(関西地方) 2013/01/06(日) 01:42:18.64 ID:GwRL2IjC0
>>50
木曽馬で130~140ぐらいだからギリギリポニーだな
49  イエネコ(大阪府) 2013/01/06(日) 01:36:33.23 ID:qarj48eo0
>>45
気性が荒いのは去勢するという概念がなかった為
明治になってから去勢するようになった
日本は中国から宦官の制度も去勢もなぜか取り入れなかった
46  アメリカンワイヤーヘア(神奈川県) 2013/01/06(日) 01:35:05.01 ID:Tq1n+ceS0
基本移動のときだけ乗って弓攻撃メインで戦ってたんだよな
47  スナネコ(東日本) 2013/01/06(日) 01:35:24.54 ID:yUXgAaMn0
今のでかいサラブレッドの方が多分戦には使えないぞ
歴史を今生きてる時代の感覚で見るなかれ考えるなかれそれは害にしかならない
51  サバトラ(東京都). 2013/01/06(日) 01:39:42.96 ID:llKGPK/3P
今でも大陸の遊牧民(モンゴルとかキルギスカザフその他)の民間の馬って小さいぞ
で競馬や時代劇みたいな全力疾走はしない
トコトコトコトコトコトコ・・・と持久力持って遠距離を早足で走る
53  ベンガルヤマネコ(岐阜県) 2013/01/06(日) 01:46:56.65 ID:Hyi9PoVF0
でも走ってる足軽に抜かれちゃうようなスピードしか出なかったんでしょ
55  メインクーン(神奈川県【緊急地震:宮城県沖M4.5最大震度3】) 2013/01/06(日) 01:50:14.13 ID:nup0vhhn0
>>53
もしそれが事実なら
蒙古もその程度のスピードしか出せない騎馬隊でユーラシアを征服したことになる
56  ボブキャット(dion軍【緊急地震:宮城県沖M4.5最大震度3】). 2013/01/06(日) 01:51:29.53 ID:npA1I/VU0
そもそもサラブレッドみたいな馬を軍用にしてた国なんてあるのか?
あんなヒョロい足じゃすぐコケるし乗ってる人危ないだろ
57  ロシアンブルー(長屋) 2013/01/06(日) 01:52:31.65 ID:/3eiTigo0
初期アメリカの騎兵隊やカウボーイの馬も小さかったんだろうか?
59  サバトラ(東京都). 2013/01/06(日) 01:55:40.08 ID:llKGPK/3P
足軽が速くても持久力で馬に勝てん
62  白(内モンゴル自治区). 2013/01/06(日) 01:57:08.28 ID:KGDaHrQH0
幕末に外国人写真家が撮った、大名だか家老だかが馬に乗った写真を見た事あるけど、マジにポニーサイズだったな
64  ヨーロッパヤマネコ(内モンゴル自治区) 2013/01/06(日) 02:05:26.52 ID:aPtALZmlO
戦国時代の軍馬はモンゴル産や中国産がメイン
ポニーなわけないだろ\(^o^)/
67  メインクーン(神奈川県) 2013/01/06(日) 02:23:36.88 ID:nup0vhhn0
>>64
ポニーっていうと牧場とかで見る小さなやつをイメージしちゃうのかな?
実際にはもっと大きなサイズもポニーなんだよ
東アジアの馬はポニーです
65  キジトラ(新疆ウイグル自治区). 2013/01/06(日) 02:11:38.75 ID:fvIMl1iT0
男性の平均身長が160cmとかだっけ
女の人なんか平均身長140cm台じゃなかったかな。
70  アムールヤマネコ(関西地方) 2013/01/06(日) 02:39:00.10 ID:GwRL2IjC0
>>65
女の身長が150cm台にくるのって古墳時代と昭和入ってからだしな
https://www.karadakarute.jp/tanita/images/kcloseup/42/img_42_graf.jpg
66  ベンガル(愛媛県) 2013/01/06(日) 02:11:51.90 ID:Wg9vZLHN0
黒王号的な、輓馬みたいなのあるんじゃね?
68  しぃ(やわらか銀行) 2013/01/06(日) 02:30:20.49 ID:ua82GXPH0
馬に乗るじゃなく
担いでいくんじゃろ
74  ヨーロッパオオヤマネコ(栃木県). 2013/01/06(日) 02:42:31.19 ID:rTp/jcKo0
ポニーとかいうけど日本馬は蒙古系だからモンゴル軍も使ってた系統の馬なんだぞ
76  ラ・パーマ(神奈川県). 2013/01/06(日) 02:54:21.94 ID:qGiruRTM0
鎌倉、室町時代に描かれた絵を見るとデカイくて凛々しい
絵描きも小せえと思いながら盛って描いたのか
77  キジトラ(新疆ウイグル自治区). 2013/01/06(日) 03:05:18.92 ID:fvIMl1iT0
宮本武蔵は180cmあったんだよな。まぁそれもあって強かったんだろう。
81  ジャングルキャット(東日本) 2013/01/06(日) 07:25:06.79 ID:58o1Wr+zO
土佐の馬は土佐駒と呼ばれ、とりわけ小さく
都会の馬と比べると犬のようであった
と司馬遼太郎の小説で読んだ
83  マンクス(茸) 2013/01/06(日) 07:36:37.59 ID:FW3DsC0y0
平均身長160未満とかだと145とかのやつもいたんだろうな。
小学生みたいなムキムキのオッサン。
あと、庶民と武士や貴族では栄養が違うから武士なら170くらいあったんじゃなかろうか。
84  コーニッシュレック(大阪府) 2013/01/06(日) 07:43:17.86 ID:GJCZHtkT0
ばん馬は外来の改良種じゃなかったか
日本在来はちっちゃい道産子
85  ヤマネコ(関東・甲信越) 2013/01/06(日) 07:52:25.53 ID:8USENwOvO
ナポレオンがポニーに乗ってたと聞いて
87  サバトラ(東京都). 2013/01/06(日) 10:23:49.83 ID:llKGPK/3P
江戸時代でも力士なんか2m超がいたそーだが
89  ピクシーボブ(チベット自治区). 2013/01/06(日) 10:58:29.65 ID:sWPqlAC70
汗血馬って、この種類じゃないの?と言われるトルクメニスタンのアハルテケという種類の馬は、それなり大きい。
http://foodaday.com/doubutsu/
91  しぃ(沖縄県) 2013/01/06(日) 11:02:50.89 ID:nQxcKPaG0
ペルシュロンが最大じゃないかな
戦時中に零戦を工場で生産したら牛車に載せてえっちらゆっくり運んでたらしいがペルシュロンにして格段に輸送が早くなったらしい
だが三菱系の小岩井農場経由で馬を買い入れたものだから贈収賄疑惑が起ってかなりの重役がクビになってる
96  オシキャット(東京都). 2013/01/06(日) 11:25:25.08 ID:VG7zAQLD0
木曾馬はポニー並み
東北の南部馬はけっこうでかい
97  猫又(兵庫県) 2013/01/06(日) 11:26:59.25 ID:JaAMnmCv0
当時の馬の平均体高(肩までの高さ)は130cmで男性の平均身長が160cm弱。
騎乗すれば高さ2mを越えるから10~20騎程度の集団でも迫力は十分。
それに基本的に馬に乗る人は戦闘のプロだから素人ではなかなか敵わない。
101  マンクス(広島県) 2013/01/06(日) 11:45:02.87 ID:UPhTdHgY0
>>97
体高130cmは「軍馬の」最低基準だぞ
鎌倉時代だと身長170cmの男性人骨も複数出土している
ただ日本馬も体格はよかったのでいわゆる「ポニー」より丈夫だったが
体重からして違う
102  ぬこ(チベット自治区) 2013/01/06(日) 11:48:30.97 ID:Y94FZzgo0
崖みたいな場所でも平気で登りすさまじいスタミナをほこる木曾馬
ろくに坂すらも上れずすぐ足折れるサラブレッド競走馬()
108  サバトラ(チベット自治区). 2013/01/06(日) 12:14:47.61 ID:rvJL9dPvP
欧州で馬の体躯が大きくなったの19世紀入ってからで
それまでは世界中がポニーサイズだよ
ナポレオンのアルプス越えで白馬に跨る絵を
大抵の人は目にしてるだろうけど
ナポレオン身長167cmに比べて馬が小さい
これは当時の欧州の軍馬が
その程度の大きさだった事を示してる
119  シャム(dion軍). 2013/01/06(日) 16:07:14.39 ID:o0iz91+60
>>108
そもそもナポレオンが常用してたのはラバ(ロバと馬のあいのこ)らしい。
109  ピクシーボブ(チベット自治区). 2013/01/06(日) 12:29:47.90 ID:sWPqlAC70
>>108
上に書いたけど、トルクメニスタンのサラブレッドの原種では?と言われているアハルテケ種は
ボニーサイズより大きいし、たしか中東あたりの馬もボニーサイズより大きかったはず
125  キジトラ(長野県). 2013/01/06(日) 16:51:38.98 ID:aUp9wgTH0
>>108
あの絵は砲兵科卒で馬にろくに乗れない小男の
コンプレックス爆発肖像じゃん
全然写実じゃないからなんの参考にもならんぞw
114  ジャガーネコ(香川県). 2013/01/06(日) 13:30:15.75 ID:OeCZ7p4e0
三国志の馬もポニークラスなの?
116  メインクーン(神奈川県) 2013/01/06(日) 15:16:20.29 ID:nup0vhhn0
>>114
赤兎馬などのいわゆる名馬として伝えられているものは
西方の馬だといわれてるから、ポニークラスではなかっただろうね
115  シャルトリュー(三重県). 2013/01/06(日) 13:37:19.08 ID:ZujxNt7d0
信長公記だかに信長公は5尺3寸の大男って記述があったような
気がする
で、あればポニーサイズでも身の丈に合っている
117  ソマリ(福岡県) 2013/01/06(日) 15:18:29.49 ID:N6qROjKK0
ローマ時代に鐙が無かったのは、馬が小さかったからって
風呂マンガで読んだ
120  キジ白(長屋) 2013/01/06(日) 16:16:16.30 ID:1cZ05M9j0
日本原産馬はポニーサイズって言っても、体高150センチくらいあるから
目の前でみるとけっこうでかいぞ。
122  白(内モンゴル自治区) 2013/01/06(日) 16:46:50.88 ID:07AnEXdD0
勝てず競馬から引退した馬を時代劇に使ってるんだろ
サラブかアラブが戦国の世に存在しないってことか?
123  カラカル(愛知県) 2013/01/06(日) 16:47:42.64 ID:Qovzo3Gb0
上げ馬人事で事故が起こって人が怪我したり馬が死んだろするのは馬のスペックがあがりすぎたからなんだろうな
もう動物虐待といわれるものになってしまった
126  白(北海道) 2013/01/06(日) 16:55:29.44 ID:qU9Mkzi80
よく勘違いしてる奴がいるが
ポニーってのは肩の高さが147cm以下の馬のことだぞ
よく牧場にいる、普通の人の想像するポニーは体高100cm程度
日本の馬は結構でかいぞ
127  キジトラ(京都府) 2013/01/06(日) 16:59:34.82 ID:BA37qLLn0
戦国時代の倭猿は猫くらいの大きさだったんでしょ
なんで馬に乗れるの
130  チーター(山梨県). 2013/01/06(日) 18:45:06.55 ID:wKU3h4f60
武田騎馬隊なんて無かったのか
151  ブリティッシュショートヘア(チベット自治区). 2013/01/07(月) 00:09:32.97 ID:+h9xjwt80
>>130
戦は数だよ兄貴。
兵農分離がされていない武田は豪族の集まり。
騎兵は武将で歩兵(従兵)は徒歩。
全員でわーて攻めるのが基本で
152  ブリティッシュショートヘア(チベット自治区). 2013/01/07(月) 00:11:19.74 ID:+h9xjwt80
>>151
なもんで、武将だけが集団を編成して攻撃とかは無いわ
154  シャルトリュー(関東地方) 2013/01/07(月) 05:09:51.80 ID:HsbFyxEtO
>>152
騎馬隊編成は200~300騎規模でならやっただろう 1000騎も集まって攻撃すればもう大騎馬隊
兵を1万集められれば一端の大大名なんだから、数としてはそんなもの
数千の騎兵がぶつかるナポレオニックな光景を想像するからおかしな事になるのであって
160  ブリティッシュショートヘア(チベット自治区). 2013/01/07(月) 10:11:45.52 ID:+h9xjwt80
>>154
豪族の集まりだから騎馬武者の主と歩兵の従卒を分けて、
兵種で編成する権限が一般的な戦国大名には無い。
131  マンクス(東京都) 2013/01/06(日) 18:54:26.11 ID:4URAJJX8P
体高とかより、蹄鉄がなかったから3キロですり減る草鞋を履かしたり、
去勢の技術がなかったから気性が荒かったりの方が問題だろ
大陸の騎馬民族なら普通にある技術が何故か日本に入ってこなかった
135  メインクーン(神奈川県) 2013/01/06(日) 19:07:02.85 ID:nup0vhhn0
>>131
気性が荒くないから去勢の必要が無かった
蹄が固くて蹄鉄が無くても走行に問題が無かったから蹄鉄は普及しなかった
普通に交易してるのに技術が入ってこないわけがないでしょ
133  エジプシャン・マウ(内モンゴル自治区) 2013/01/06(日) 19:02:07.74 ID:42huvZ4RO
軍馬ポニー問題も良いけど、実は騎馬隊は馬を下りて戦ってたって話はどうなのよ?
139  クロアシネコ(関東・甲信越) 2013/01/06(日) 19:11:13.63 ID:zQ/WbhkKO
>>133
その二つと刀首狩り専用説を唱えたのは全部同じ人
あとはわかるな?
140  ジャングルキャット(新疆ウイグル自治区) 2013/01/06(日) 19:12:38.08 ID:tnq9+IwH0
http://pds.exblog.jp/pds/1/200705/17/65/a0083565_2212179.jpg
156  ハイイロネコ(東日本) 2013/01/07(月) 05:40:02.81 ID:n0eXsmYTO
>>140
ロバ久々に見たらカワイイな 飼いたい
141  アメリカンカール(東京都) 2013/01/06(日) 19:16:58.36 ID:EoH73fOR0
サラブレットみたいな馬は骨折し易いから軍馬はタフじゃないとな
でかいポニーも居たんだろ、前田利家は180オーバーの大男だぞ
143  ラグドール(東京都). 2013/01/06(日) 19:19:37.34 ID:uBD0kQF40
馬って養殖物以外は絶滅してて
もう自然界には居ないんだって寂しいねえ
148  セルカークレックス(新潟県). 2013/01/06(日) 19:52:25.93 ID:FLFIWVPH0
同じくポニーサイズだったモンゴル軍も当時世界最強だったから、
馬鹿にされるのは論外だな。
150 サバトラ(神奈川県) 2013/01/06(日) 20:13:35.10 ID:zH7qsKVe0
常識で考えればポニーに乗った兵を使う必要性がまったくないだろ
手間かかるわ動き遅いわ歩兵の方が100倍マシ
153  ブリティッシュショートヘア(チベット自治区). 2013/01/07(月) 00:14:46.27 ID:+h9xjwt80
>>150
一日中歩いて移動する小集団に、移動は馬にまかせてあれこれ様子みたり考えたりする指揮官がいてもおかしくない
158  サーバル(西日本) 2013/01/07(月) 05:48:27.14 ID:rrSJgoOq0
RDRでロバに乗れたな。
スタミナ切れでブヒーブヒーいうの。
可愛かった。
159  パンパスネコ(東京都). 2013/01/07(月) 05:58:15.32 ID:SCfOvz9/0
日本在来種で日本史を通じて最大のブランドだったのが南部駒
そのなかでも最大クラスは背中までの高さが五尺前後あったらしい
162  スナネコ(東日本) 2013/01/07(月) 11:08:28.46 ID:nCN6ZC7CO
そもそも「ポニー」という単語は欧米では単純に馬そのものを指す名詞であって、小さな馬という意味では無い
ポニーサイズという単語を使ってる奴は、問答無用で歴史を知らない馬鹿扱いして問題ないよ
163  ボンベイ(愛媛県) 2013/01/07(月) 11:12:36.00 ID:natxGfWM0
>>162
お前バカだろ死ねよ
165  コラット(神奈川県) 2013/01/07(月) 11:17:19.17 ID:nKT4fnyZ0
>>162
体高140cm以下の馬をポニーと定義してる
なので在来種はほとんどがポニーサイズ
ポニーとは言え、体高140あると気軽に乗れる高さじゃねーぞ
外来種の道産子ですら半数はポニーサイズだ
164  クロアシネコ(やわらか銀行). 2013/01/07(月) 11:14:53.38 ID:zyRICUY50
貴重な財産だったから戦場では馬から降りて戦うし
馬を攻撃するのは反則だったとか聞いた
167  トンキニーズ(福岡県) 2013/01/07(月) 11:21:38.12 ID:tfQsCB8M0
事実だけど同じ時代の西洋の騎馬隊が乗ってた馬だって
現代のサラブレッドよりはるかに小さいアラブ馬だよ
169  マンチカン(庭). 2013/01/07(月) 11:32:23.98 ID:BDwvFa+BP
つーか乗ってるほうも
平均身長150センチだからな。
ポニーに乗ってるナイナイ岡村さんを想像しろ。
それが正解。
170  ヨーロッパオオヤマネコ(東京都) 2013/01/07(月) 13:24:17.78 ID:njClvSOc0
戦国時代は平均身長が江戸時代より高かったんだな
城攻めの時に軍馬を崩して食ったりして、食に対するタブーが無い
当時の欧州と比べても身長は、別に低く無い
172  オシキャット(関西・東海) 2013/01/07(月) 13:35:52.17 ID:TsNqvk/nO
サラブレッドは山道と言うか坂道を登れないが、昔から居る日本産馬は簡単に登ってた。
山専用の馬体なんだと理解したわ。
173  ペルシャ(北海道). 2013/01/07(月) 14:49:52.30 ID:U6Y1+1cT0
ポニーは1.4m(地面から、ヒトが乗るとこまでの高さ)という定義
日本の馬も源平の頃から1.4mを超えると「大きい」ということになってた(平家物語とかにもそう書いてある)
でかけりゃいいのかというと、少なくとも江戸時代までの日本では、馬はでかいほどいいという価値観だった
(歴史書や古文献にいくらでもそう書いてある)
だから開国後に西洋の馬がもっとでかいことを知って、バカスカ輸入した



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コメント(13)

サラブレッド競走馬の生産は異常

南部藩地方は 馬産地で 将軍吉宗より 品種改良のため輸入された アラブ馬 名前「春砂」(ペルシャの当て字)を下賜された
当時は 戦国時代の体格の良い馬より 荷物運搬用の 荷を揚げやすい 体高の低い馬が需要が多かったため 早死にした種馬「春砂」をねんごろに供養し なにもなかったごとく 在来種を増やしたそーだと。

wikiを見たけど「ナポレオン三世の馬」は一種のミステリーだね。
>迫撃砲とか運ぶのに、馬を使っていたらしい。
三島は野戦重砲連隊だから迫撃砲は……
おじさんの戦記
http://www.geocities.jp/buzensakai/reki/ojisan.htm
人間が引っ張ってたって

.
無意味なアピール乙。

名前と所属と階級を書いてみ?

馬に乗ってじゃんけん。

ポニーも割と早いよ

http://youtu.be/Q-LFrsq7KoY

去年のオフ会でも話したけど、お馬さんだったらオレ実用でよく乗ってたね。

軽車両だから飲酒運転(騎乗)してもノー・プロブレム。
場所を選ばずボロ垂れるのが困るんだが基本的にはシカトして目的地を目指す。
飲み屋に着くまでの道程が優雅なんだが帰途は悲惨だった。

自身は出来上がってるのでマトモに手綱をさばけない、なのでお馬さんの帰巣本能に身を任せて気が付くとしっかり自宅のベッドの上ってなもんだった。

当時ご迷惑を掛けた●●県の該当する方々には遅ればせながらゴメンナサイでした。

>匿名


無意味なアピール乙。

名前と所属と役職を書いてみ?


安倍ちゃんが馬にまたがり尻を刺激されたらすぐに下痢っちゃうだろうな。

.
おー、数週間前にボコボコにされて顔真っ赤にして
逃げてったデニスじゃんwww

まだ顔赤いの?クスクス

馬と言えば一千年続いている
私の地元の相馬野馬追というお祭りがあります。
相馬・南相馬地域では200頭くらい、お祭りのため飼育されています。
現状は原発事故の影響で殆んどが相馬市に移動しているか
北海道等の別の牧場に預けているのですが
ピーク時には500頭も参加していました。
でも、だいたい半分は関東地域からのレンタルです。
記録を見ると明治維新の廃藩置県頃一旦途絶え
それまでの馬は120~130cm程度の馬が主流だったようです。
明治政府は馬の飼育を軍馬以外は許可していなかったが
神事・祭事と言うことで復活したようです。
明治政府の軍馬は当然サラブレット系の体躯の大きな馬が取り入れられ
その影響で、相馬野馬追でも大きな馬に移って行った。
日本人も小さかったから馬が小さくても支障がなかったのか?
中国の秦の始皇帝が残した兵馬俑で兵士というか士族の体格が
170~180cmがザラであり
それに合わせて馬も大きかったようで
どうも秦国というのは今の漢民族とは別系統で中近東に近い民族だったのかねぇ

>どうも秦国というのは今の漢民族とは別系統で中近東に近い民族だったのかねぇ

大秦国ってローマ帝国の呼び名でしたか?
翻って我が国にも秦河勝なって言うユダヤチックな歴史上の人物がおられますなw京都に太秦とかw

>どうも秦国というのは今の漢民族とは別系統で中近東に近い民族だったのかねぇ

20年程前に私が夢中になって読みふけった著作物、「異端の歴史家」の異名を持つ鹿島 昇さんによれば秦国を築いた創始者たちは韃靼人ということでした。
島根県のタタラ製鉄の語源ではないかと議論されているタタール=韃靼という嘗ての国家にはヤマトゥという都市もあり「大和」の語源ではないか、と鹿島さんは熱く主張していました。

更にその韃靼人はヒッタイト由来であるとかへブル人であったとか、まことにロマンあふれる仮説が随所に散りばめられており、世界地図を広げながら馬鹿な私は夢中になって読んでいたわけなんですが、当然真実なぞは誰にもわからないものなのですよね・・・

ですが、秦氏の足跡が弁証法的に残されている太秦とか伏見稲荷さんとか加茂さん、あるいは三島大社などのお社を実際に訪問して色々観察してみると何かしら感じるものがあったりする面白くて不思議な日本という、この国には強い愛着がこみ上げてくるのであります。

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