接待だったらいちのや、味はぽんぽこ

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初出/2012/02/28
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今日は、所要があってさいたままで出たので、ついでに川越で昼食。川越といえば名物はウナギなんだが、おいら、学生時代に川越の研究をしていてずいぶんウロついたんだが、ウナギなんぞ食える身分じゃなし、田中屋の焼き団子で腹を満たすので精一杯で、そういやエロカメラマンになってからだが、モデル連れて戸外シーン撮りに行った事があったな。あの時は、交差点の角の店だった。なんせ会社の経費なので、ウナギも食える。鰻屋に入るなり、モデルの娘が「アタシ、魚、食べられない」と。鰻屋に来て魚嫌いでは話にならないんだが、まぁ、そこはおとなしくキジ丼食わせておいて、キジ丼というのは、何も雉の肉を乗っけたモノではありません。鶏肉を鰻のタレで焼いたモノ。鰻屋で魚嫌いの人のためのメニューです。

で、調べてみたら30年前に食った店は「いちのや」というところらしい。老舗で、大きな店です。今でも川越で一番、ウナギの消費量が多い店らしい。ところが、例の食べログではこの店、えらく評判が悪い。ウェイトレスの態度が悪くて泣き出したとか、ウナギが生臭いとか、『川越でうなぎを食べるなら「小川菊」か少し遠いけど「うな吉」に行って下さい』とあって、わざわざそんな店で食う事もないだろうというので別の店を探した。で、「接待だったらいちのや、味はぽんぽこ」と誰かが書いていたので、たまたま車が近くを走っていたのもあってぽんぽこ亭に決定。たぬきが出迎えてくれます。

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駐車場で白菜が干してあった。これは期待できそう。

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付け合わせのお新香です。もちろん自家製。あっさり味で、七味と醤油かけてバクバクいただきました。鰻屋の真価はお新香でわかる、というのが古くからの鰻屋判別法で、というのもウナギというのは調理に時間がかかるものなので、美味しいお新香で場を持たせて、その間に酒の一杯でも飲ませようという魂胆なんだが、今どき、流行りの鰻屋では、客の顔を見てからウナギを捌くわけじゃないのでアレなんだが、この店はすぐにウナギが出て来ない。客の注文を受けてから捌くらしい。なので、待っている間にお新香を食い尽くしてしまいましたw

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さて、追加のお新香といつしょに届いたウナギです。これが上うな重で、3045円。2月の10日から値上げしたそうです。三島のウナギに比べると、タレの味がサッパリしている。ウナギのタレというのは、地域によって味が変わるものなので、これが川越のタレの味なのか。で、驚いたのは、

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卓子にペッパーミルがある。匂いを嗅いでみると、山椒です。粒ごとの山椒が入っていて、ガリガリと挽くと香り高い挽きたての山椒がウナギをトッピングしてくれるという塩梅です。コレは、三島の鰻屋では見たことがない。ぜひ、真似して欲しいもんだ。まぁ、流行っている店なのでお新香が浸かりきってなくて味が薄いとか、なにより「ぽんぽこ亭」という名前が老舗っぽくなくて有難味がないとか、オマケの肝吸いが熱すぎるとか、色々と言いたい事もないわけじゃないが、この値段でこの内容なら文句はない。店員のネーチャンも愛想よくて良かったです。いわゆる老舗の鰻屋というと、仲居の婆さんが態度悪くて横柄な店がたまにあるので、さくらやとかどことは言わないが、普通に美味しい店というのが意外に貴重ですね。ちなみに、ここは夜になると焼鳥が評判いいそうで、たしかに鰻も焼鳥も炭火で焼くわけで、納得w

ところで、「鰻が名物の土地は、むかし色町が近所にあったはず」というのがおいらの持論で、川越の場合はどうなんだろうと思って調べてみたんだが、例の「いちのや」が天保3年(1832年)の創業で、江戸時代には川を使った物流の中心地であった川越では、小仙波町、仲町に女郎屋があったらしい。で、いちのやは小仙波町と仲町の中間に位置しているわけで、納得です。

もひとつ、女郎と鰻というと、やはり埼玉県の小川町には「女郎うなぎ福助」という名店があって、ここも安政2年創業という老舗なんだが、「160年前ある事情でこの地に移り住んだ吉原の花魁が、死ぬ間際にお世話になった福助の主人に、花魁の生家に伝わるうなぎの蒲焼きの秘法極意を伝えた」という伝説があるそうだが、ここで注目すべきなのは、160年前には小川町ではまだ鰻の調理法が確立されてなくて、江戸前の「蒲焼き」が、女郎アガリの女性によって伝えられた、という事実だ。江戸前の蒲焼きというのは、まず開いて焼いて白焼き、それを蒸して、更にタレを付けて焼くという何段階もの工程を経るわけで、江戸時代の旅行記などを見ても、東海道では沼津の隣の「原」あたりがウナギを名物としていたのだが、単に丸のまま焼いたものだったので、開いて複雑な工程を経て作られる「江戸前の蒲焼き」を好む江戸っ子には評判が良くなかったという話もある。三島のウナギも、幕末から広まったものなので、その時期に日本の各地にウナギの調理法が伝えられ、女郎買いとセットになって繁栄して行った、というのが、おいらの自説です。

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×ミミズ千匹
○ウナギ千匹

持論了解です。

<色々と言いたい事もないわけじゃないが、この値段でこの内容なら文句はない。店員のネーチャンも愛想よくて良かったです。いわゆる老舗の鰻屋というと、仲居の婆さんが態度悪くて横柄な店がたまにあるので、さくらやとかどことは言わないが、

・・・さすが年の功ですね 年季の入ったさらりとした嫌味
年寄りはこうでなくっちゃぁ わたしゃチトくどいからのう
見習います

東家もなかなかのもんです。

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>モデルの娘が「アタシ、魚、食べられない」

そこで、『オレのうなぎは食えるのになw』って言ったのでは?www


>うなぎを食べる

XXで死亡では?w

山椒はミルに、ミルは袋綴で冷凍庫に。

出すのが億劫で山椒の出番が莫い我家。ミルは冷いし。。。

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