「エースのジョー」の原点

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ハードボイルドというと、なんだかシカメッツラしたオッサンがブツブツと途切れ途切れに語る文体を思い浮かべるんだが、まぁ、満更間違いでもないんだが、それだけじゃない。



田中小実昌の翻訳です。コミさんが訳しているくらいだから、軽い。おいら、このカーター・ブラウンの小説が大好きで、ずいぶんたくさん持っているんだが、この作家は、実はオーストラリア人だそうで、毎月一冊ずつ書き下ろしていたらしい。物凄い多作家です。書くのが早い人というのは、文章にリズム感があって読みやすい。素人の書く文章が読みにくいのは、書くのが遅いからです。で、こうした軽ハードボイルドというのは、日本ではあまり評価されない。日本にも「ハードボイルド」と呼ばれる作家はたくさんいるけど、軽ハードボイルドを判っているのは矢作俊彦だけだろう。で、シシドです。



文庫版が出ました。

1950年代、日活。石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎らが銀幕で活躍する中、デビューはしたものの下積みの日々を送るニューフェイス第1期生の宍戸錠。果たして自分はスターになれるのか?昭和を代表するアクション俳優が、若き頃の苦闘を大胆な文章で振り返った青春小説の傑作。
宍戸錠というのは、今では知らない人も多いかも知れないが、小林旭などの二枚目スターの「ライバル役」として活躍した人です。主演作も多いんだが、なんといってもこの人の持ち味というのは、怪しい殺し屋とかを演じて、登場した時には敵役なんだが、いつしか主人公と友情が生まれて、最後には協力して強い敵を打ち負かす、というパターンだな。で、この人の演技が、実に「軽ハードボイルド」なのだ。日本映画では、必要以上に深刻ぶって小難しい顔したヤツが多くて、こういう軽妙な役者は少ないね。

日活は、戦後やっと復興するんだが、自社での映画生産がなかなか出来なくて、アメリカから輸入した西部劇などで稼いでいた。それが、自社での映画撮影に乗り出すというので、第一期生ニューフェイスの一人として選ばれたのが、宍戸錠だ。この本では、そうした経緯まで書かれていて興味深いのだが、入社前から、アメリカの映画をプロの見方で研究していたのが読み取れて面白い。この人、日大芸術学部なのでインテリです。文章も上手い。つうか、この人、奥さんがエッセイストだったんだよね。2010年に亡くなっているが。

で、こちらの本から、ちょっとしたエピソード。宍戸錠の見立てでは、ジェームス・ディーンは年齢をサバ読んでいて、あの当時のハリウッドは18歳の役柄を本物の18歳にはやらせなかったそうで、役者としていの経験を積んだ25歳以上だったのではないか、死んだ年は27歳ではないか? という話とか、スターの撮影所入り時間は、大物になるほど遅刻が許されていて、裕次郎で2時間、小林旭で1時間、宍戸錠で5分前だったとか、日活の肉体映画で評判だった筑波久子が、その後アメリカに渡って「殺人魚フライングキラー」や「ピラニア」などのヒット作をプロデュースしたとか、1960年に台湾に行ったら、既に「渡り鳥シリーズ」が大人気で、物凄い大歓迎を受けたとか、当事者ならではのエピソードが満載です。文庫の方はやっと主役を射止めるところまでで終わっているが、続編もハードカバーで出てます。



1961年、シシドはついに映画初主演。日活も黄金期を迎える。だがその凋落は早く、1971年についに一般映画製作中止となる。エースのジョーが日活栄光と没落の10年を描いた自伝的小説完結編。
こちらは続編。やっと主役の座を射止めた宍戸錠だが、日本映画には秋風が吹くようになり、やがて1971年、日活は一般映画の制作をやめる。残ったのはにっかつロマンポルノだけです。宍戸錠は器用な人なので、TVの世界でも大活躍で、ゲバゲバ90分!などでも軽妙なコントを演じたりして生き延びているのだが、そんな「エースのジョー」の原点です。

コメント(8)

おいら、筑波久子(通称 チャコさん)より、
随分 年下ですし、近しい関係ではないですが、
そこそこ、お友だちですw
2~3年に1度くらい 会いますね。
チャコさんは とても 忙しい人ですね。
今 天草四郎時貞の取材しているそうです。

矢作俊彦はエースのジョーが大好きだったんですよね。たしか映画まで作ったような。

4年ほど前に小田急バスで席を譲ったことがあります。年末のスーパーでレジ待ちしてるとき、前のオッサンがシシドさんで驚いたり。
成城学園から仙川あたりでよく行き合います。迷惑だろうと思いながら、つい「あ。シシドだッ」と小声でいうと、ニヤッ、と片手持ち上げてスタスタ…。気さくな爺様です。

この人は特撮やバラエティーにも出てますね
いや懐の深い人だ。

小学5年のとき ファンレターをだした。
翌年 年賀状がきたのには おどろきとうれしさが
ありました。
早撃ちは0.64秒で世界第3位 とか言って
小学生の私は 本気で信じていた。

たしか悪役を演ずるために頬を整形したというエピソードを読んだことあります。懐かしいなぁ。

「探偵事務所23 くたばれ悪党ども 」「野獣の青春」「殺しの烙印」(どれも監督は、鈴木清順)の名演技は日本映画史屈指の物だと個人的に思っています。

もとより映画全盛時代は知りません。
串カツ屋ばっかの通天閣界隈はその昔はモガモボで賑わったとか?
そこまで行かなくても、学生時代はまだ鄙びた映画館が残ってました。
でも建物は立派でね、 ポルノでしたが。
その後映画館は殆どパチンコ屋にくら替え、
そして串カツ屋に、、、、
そうそう、宍戸錠さん始めて見たのはテレビでした、
確かバラエティ。

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