歌が流行ることの歓び

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浜口庫之助という人がいた。作詞家であり、作曲家でもある。また、もっと古くはミュージシャンでもあって、1953年から1955年まで、3年連続で「浜口庫之助とアフロ・クバーノ」として紅白歌合戦に連続出場しているので、ずいぶん売れていたわけです。それまでにも、戦前からダンスホールの音楽家として活躍したり、ジャワ島で原住民の子供に日本の歌を教えたり、戦後は進駐軍相手に演奏したり、と、色々苦労もあったようだが、1959年、作詞・作曲家に転向して、この曲がヒット、頭角をあらわす。



ゴールデン・ハーフがカバーしていたよね。半世紀も前にしてはエロい歌詞で、子供が学校で歌うのが問題になったりしたらしいw ただし、この曲に関しては作曲だけです。歌詞は浜口庫之助ではない。星野哲郎だ。また、この年にはもうひとつのヒット曲が生まれている。



Amazonリンクのこのアルバムは、自作曲を自分で歌ったもの。

日本のセルジュ・ゲンズブール!
ハマクラの全編ヴォーカル入りの貴重なアルバム!!

数々のヒット曲を生み出した、昭和を代表する作曲家「ハマクラ」こと浜口庫之助が、全編に渡り味のあるヴォーカルを披露した貴重なアルバム!
4夕陽が泣いている5バラが咲いた7夜霧よ今夜も有難うetc.
誰もが一度は耳にしたことがあるであろう名曲を自らが歌った自作自演集!
2雨のピエロ6粋な別れ9月のエレジー11甘い夢などはシュールな「歌謡ボッサ」の決定版!
カラフルなジャケットも素晴らしい。
ゲンズブールって、「夢見るシャンソン人形」を作った人です。



「僕は泣いちっち」という変わったフレーズで、大ヒットした。高度成長のまっただ中、地方から上京して帰って来ない若者たちが急増。打ち捨てられて寂れ行く農村の姿が思い浮かぶ。

 浜口さんは自伝「ハマクラの音楽いろいろ」(朝日新聞社)でこう書いている。 <都会の過密化が社会問題になっていた。都会ばかりに人が集まり、地方の過疎化が目立ってきた。僕は、みなが都会をめざすなかで、残された人たちのことを思った>

リンク先の文章にもあるように、そうした社会情勢を背後に持ちながら、センチメンタルな心情を歌う「流行歌」として世の中には受け入れられた。

 この歌には心動かされる逸話がある。同書で知った。
 これが初のヒットになって間もない1960年ごろ、浜口さんが通りと壁をはさんだトイレに入った時のこと。
 遠くから次第に近づいてくるチンドン屋の音色。クラリネット、どこかで聴いたような節だと思ったら「僕は泣いちっち」だった。浜口さんは体が震え、涙がこぼれた。
 <歌が流行(はや)ることの歓(よろこ)びを、こんなに身にしみて感じたのははじめてだった。どんな立派な賞をもらうよりも、どんな大きな舞台で演奏されるよりも、この小さな街の商店街で、チンドン屋さんが流していってくれる方が、どんなに嬉(うれ)しいかわからない。それが流行歌の本当の存在感ではないだろうか>
 後年、浜口さんは叙勲の打診があったが、辞退している。その心持ちを同書でこう言い表す。
 <ここで勲章を受けたりしたら、いままで僕がやってきたことは、何だったのか、ということになる。僕は、あくまで大衆のために歌を作り続けてきたのだ>

まぁ、チンドン屋さんは著作権料なんか払ってなかったと思いますけどねw むかしは、チンドン屋とか流しとか、街にナマの音楽があった。そうした音楽家が、新しい曲を覚えてくれるには、やはり限界がある。自分の作った曲がそうしてレパートリーに入れて貰い、演奏して貰えるというのは、作り手にとってはカネにならなくても幸せな事だったのだろう。



この曲も、浜口庫之助です。石原裕次郎というのは当時の日活ではズバ抜けたトップスターで、多くのスターを抱えていた中でも、この人だけは別格だった。小林旭も多くのヒット曲があるけど、裕次郎はまた凄いね。つうか、小林旭の曲はキーも高いし、素人にはなかなか歌いこなせない。裕次郎の歌は、レンジが狭くて、キーも低くて、歌いやすい。カラオケでも定番です。



浜口庫之助のヒット曲は、多くが「作詞・作曲」であって、作曲だけというのは多くはない。作詞だけやったというのが、守屋浩の「有難や節」ですか。アメリカのフォークソング・ブームが日本に伝わって来ると、早くから「作詞・作曲」でやっていた浜口庫之助の曲が、日本のフォークソングとして世に出る事になる。マイク真木の「バラが咲いた」です。歌謡曲の世界では昔から分業制で、作曲と歌詞は別の商売だった。初期の有名作詞家には、サトウハチローなんてのがいるね。



スパイダースというのは、グループサウンズ・ブームに乗って売り出したバンドだが、この曲を歌っている堺正章というのは有名コメディアンの堺駿二の息子で、子供の頃から映画に出たりしていた。グループサウンズって、ロクな曲がなくておいら、あまり好きじゃないんだが、これは名曲です。1966年です。中学生だったおいらは、日大の文化祭で素人バンドが演奏するカバーを見た記憶がある。



「涙くんさよなら」というのは、ジョニー・ティロットソンが歌ってヒットしたんだが、元は坂本九の曲です。ジョニー・ティロットソンというのはアメリカのカントリー歌手で、何故か日本に売り込みをかけてせっせと日本語の歌をやっていた。ここでは石川ひとみのカバーという珍しいバージョンです。途中でぶった切れるけど、ゴメンw

こうして聞いてみると、浜口庫之助の曲というのは、どこか「幼稚」というか、子供っぽい感じがするんだが、子供のようなプリミティブな気持ちを一生、持ち続けた人だと思う。

コメント(11)

大人になればチョコレートたべて
いろんなことを考えるものさ
夢とはなんでしょう
恋とはなんでしょう
甘くて苦い味のものかな

大場久美子のこの曲好きでした。

拓郎と坂崎幸之助のラジオはずっと聞いています。彼らは今、昭和歌謡を作った人、歌った人たち、それに関わった人たちの凄さをあらためて敬意を持って紹介しています。
どれだけの努力と才能がそそがれたのか、そして情熱があったかがよくわかりました。
最近では、なかにし礼がNHKに登場しましたね。面白かった。

ハマクラさんは鼻歌のように自然な軽みと親しみが身上ですが、その軽みには人間に対する深い洞察があるから、恍惚のブルースのように川内康範の燃えさかる心情を正面から受け止める強さを持っているように思います

海の演歌の星野哲郎が黄色いさくらんぼを、ミノルフォンの御大・遠藤実が山本リンダの困っちゃうなを作詞。看板の下に本当の人間が隠れていたりしておもしろいですね

ハマクラさんは鼻歌のように自然な軽みと親しみが身上ですが、その軽みには人間に対する深い洞察があるから、恍惚のブルースのように川内康範の燃えさかる心情を正面から受け止める強さを持っているように思います

海の演歌の星野哲郎が黄色いさくらんぼを、ミノルフォンの御大・遠藤実が山本リンダの困っちゃうなを作詞。看板の下に本当の人間が隠れていたりしておもしろいですね

むかし、サイケデリックフォーク?w
のジャックスの早川義男が、
ロールオーバゆらのすけ〜と歌っておったけど、
やっぱ時代が進んでみると、
若気の至りは紅衛兵みたいなもんだぬ、
流行歌自体を否定してしまうのは、
言葉を無くしてしまうようなもんやな、
敵を間違えていたよね、

早くカスラックおっ潰して、
昔みたいにゴーゴークラブやって、
おねえちゃん踊りーの
無名の無茶なロックバンドや、
公園でカントリーブルーグラス奏でーの、
夜は流しが門付けして歩く、
駅じゃメイワクな若者がカバーポップス、ジャカジャカ

ビンボーでも、シアワセ能天気な
音楽が街やネットに溢れている時代、

来ないかな〜w

裕次郎ファンの父が「歌はさほど上手くはないんだが味があるんだよな〜」と言ってた。ちあきなおみが歌う夜霧よ今夜も有難うとはやっぱり差がww
http://www.youtube.com/watch?v=nHT8QpBhIJI

裕次郎ファンでも慎太郎は嫌いらしいwww息子が自民党に所属してる時点でただのあめポチだし、政治を生業にしたいタレントでしかないからだってwww
東国原よりタチが悪いよ、だって親子三人で選挙に出馬してるんだからw小泉と同じだなwいつの間にか名門ぶってwwww

ジャックスの「ロールオーバー由良之助」、実際には「庫之助」と歌っていたそうで、逆説的に浜口庫之助の存在がどれほど大きかったか分かるような気がします。
http://www.youtube.com/watch?v=YDXJHobBUc4

で、ジャックスのカバーをしたスガダイローの「堕天使ロック」がけっこう好きwww
山下トリオ風の伴奏と女性ボーカル(の犬の真似)が良い。
http://www.nicovideo.jp/watch/nm7729819

edさん、どもでつ!

ライブでは庫之助〜と歌っていたみたいでつね、
由良之助、はレコードにするので替えたとか、
でもどのみち、これだったかアルバム、
放送禁止んなってましたねw

みーんな放送禁止んなっても、
どんどん自分の歌作って歌えばいいなっ
と思ったりしまつ

にこビデオ、無料の人は見れないみたいでつー
ザンネンでつorz

ところで、この720どやって録ったんでしょ?
時代的にカセット無いし、デッキ持って息コロしてマイク持って?

720、姉貴が街角なんとかに映っていますた、
髪型の寸評がゴーゴーカットw
本人はデ・スーナーズのFC初代会長w

にこビデオ、駄目でしたか。
私は以前無料登録したアカウントで見たので、今も登録自体は無料かなとも思いますが、さて。

で、ログオンしなくても、以下では見られるかもしれません。
http://n.xxad.net/watch/nm7729819
また、悪名高きReal playerでの再生となりますが、
http://diskunion.net/punk/ct/detail/DLCP2090
そんなにまでして見なくてもいいような気もする…

>ところで、この720どやって録ったんでしょ?
お金持ちの趣味人が、オープンリールでテレビの前でマイク持って録音したんじゃないでしょうか。時代的には機材のつじつまは合いそうな。
テレビの昔の映像(ビデオを上書きしていたので残っていなかったはずのもの)も、個人の録音、録画の発掘が進んでいるようです。NHKみんなの歌とか見ていると出てきますね。

汗汗、
とりあえず、今はiPadだからかもしれませんね、
後でPCでも見てみます。
とうも、すみません。

まさか遺っているなんて、という音源や画像、
座して見れるって、いい時代になったものです。

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