文革世代に油断するな

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十八大開催中で、色々と中国の人事が注目されているわけだが、毎日新聞に出ていた記事で、「知青」について。

知青というのは、文化大革命の時に、あまりに無政府状態になってしまったので、過激な活動に走っていた都会の中学生、高校生たちを田舎に追いやったわけです。これでやっと、社会が秩序を取り戻した。それまでは、子供が親や教師を吊るしあげて「自己批判」を迫るとか、無茶苦茶だったわけです。その際、特にターゲットとされたのは、「知識青年」と呼ばれる階層で、生まれ育った都会から引き剥がされ、縁もゆかりもない農村に送られた。彼らが戻ったのは、ずいぶん経ってからです。おいらの知人の胡弓弾きは、子供の頃から胡弓ひと筋で学んできたのが、いきなり音楽のカケラもない農村に送られてずいぶん苦労したらしい。それでも、農民たちに胡弓を弾いてみせたら大歓迎されたそうで、芸は身を助ける、という事か。

さて、空軍司令官だった許其亮(きょきりょう)という人物がいるんだが、この人が共産党中央軍事委員会の副主席になるらしい。現在軍区司令官なので順当な人事なんだが、問題は、この人、共産党員としてはヒラなんですね。中央軍事委員会の副主席というのは党政治局員のポストなので、その意味ではヒラ党員が副主席というのは、四段階特進という事で、異常な人事です。

 范氏は太子党や国防大学出のエリートではない。その逆だ。略歴には「1968年、遼寧(りょうねい)・知青(ちせい)」とある。「知青」とは知識青年の略。文革当時、学業を中断させられて農村に下放(かほう)された都会の中学生、高校生たちだ。范氏は遼寧省の農村に下放された。その後、兵役を志願して2等兵からたたき上げた。

 次の党総書記になる習近平(しゅうきんぺい)氏は陝西(せんせい)省に下放された知青だった。運良く文革が終わって父親が政府高官に復権し、大学に推薦入学できた。知青から太子党への劇的な転換を味わった。少年時代、貧困と「発狂するような飢餓」を体験した知青の仲間には、強い連帯感情がある。4総部のひとつ、総装備部の部長に起用された張又〓(ちょうゆうきょう)・上将も、習近平氏の幼友達で、知青で、太子党だ。

また、劉少奇の息子である劉源(りゅうげん)・上将も、こうした「知青」出身で、太子党のボスだそうで。

こうした文革世代、特に「知青」と呼ばれる人たちは、文革の被害をもっとも被った連中で、地獄を見ているので、性格が悪いです。油断できないです。

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パリで学んだ過激な共産主義思想、スターリンの恐怖の人身掌握術、毛沢東のアホな大躍進政策と文化大革命、こいつらを自分なりに纏めて昇華してカンボジアで実行した嫉妬深い無能統治者がポル・ポトじゃないかと思う。ポル・ポトのジェノサイトに比べたら、毛沢東末期は可愛い方だと思うんだ。

なんかカレー食ってたら背後のテレビで「加虐的ハッテン姦」とか何度も叫んでいたんだが、ついにニッポーキョー狂ったか、まぁ二十年ぐらい前から狂ってるけどな、と思って其の時は振り返りもせず聞き流したのですが、何のことだったのかなぁと今更に思ったり。
2010年基準で20年までに所得倍増計画って、年3%成長で2.5倍になるんだからハードル低すぎやろ。しかし加虐的ハッテン姦なんて変態じみたことを声高に言い出したってことは、中国共産党も共産趣味にまで後退するのか。それとも加虐趣味に走るのか。予断を許さない。

日本でもこの辺の世代は
へそ曲がりが多いですな。

すいません

文革包代
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