ロカビリーの誕生

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ロックは、この一曲から始まった、とよく言われるんだが、ロック・アラウンド・ザ・クロックです。ビル・ヘイリーと彼のコメッツというんだが、この人はもともとカントリー畑ですね。白人のカントリーが、黒人リズムを取り入れて、コレで安心して白人娘が熱狂できる音楽が誕生する。





もう一曲。当時の雰囲気をくあらわしている。

ミシガン州ハイランド・パーク出身。1946年にカントリーのバンドで活動を始める。1949年に自身のバンド「サドルメン」を結成、やがてカントリーにR&Bの刺激的な要素を加えた方向性を模索するようになる。

1952年に「サドルメン」はバンド名を「ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツ(Bill Haley & His Comets)」と改名した(日本ではビル・ヘイリーと彼のコメッツとも表記)。ロックンロール調の「クレイジー・マン・クレイジー」をヒットさせる。

ここでは、ダンスがまだハリウッド調です。

1954年に「ロック・アラウンド・ザ・クロック」を発表。映画「暴力教室」のオープニングに使用されたこの曲は、1955年のビルボードチャートで8週連続1位という大ヒットを記録する。これをきっかけに、それまでポピュラー音楽の中でもマイナーな存在だったロックンロールがブレイクし、アメリカをはじめとする世界中の若者の間に大ブームを巻き起こした。

ロック・アラウンド・ザ・クロックは世界中で2500万枚売れたらしい。



先日も取り上げたんだが、ビートルズを前座にした男、リトル・リチャードです。ハウンド・ドッグ。黒人のロックンロールは、ケレン味がタップリで、個性が豊かです。ファッション的には60年代だな、こりゃ。



これも60年代の映像なんだが、リトル・リチャードのスタイルというのがよく分かる映像です。黒人特有の、派手なアクションがカッコイイね。



ロックの前身の黒人音楽で「ジャンプ」というのがあったんだが、その時代からの大御所です。

ビッグ・ジョー・ターナーのレコーディング・キャリアは、すでに30年代後半には始まっている。アート・テイタムを始めとする一流ジャズ・マンが弾く、躍動感溢れるブギウギ・ピアノをバックに、男クサイ歌を聴かせて一躍脚光を浴びた。そして徐々にジャンプ~ロックンロールへの萌芽を見せ始め、50年代には白人ティーンネイジャーをも熱狂させるR&Bシンガーとしてのシフト・チェンジに成功。特に<ATLANTIC>時代の、後にカヴァーされまくる「シェイク,ラトル&ロール」「ハニー・ハッシュ」などは、ロックンロール・スタンダード曲として著名だ。
ジャンプというのは黒人音楽なのであまり取り上げられる事もないんだが、個人的には好きだし、面白いジャンルだと思う。



ポール・アンカのダイアナ。日本でも誰だったか、カバーしていたな。ロックとカントリーが融合して「ロカビリー」と呼ばれるようになった音楽は、そのまま日本にも移入されて、若者たちに大きな影響を与えるようになる。



コレが本物のフィフティーズのダンスだ! というわけで、コレもまたビル・ヘイリー。スカートが、フレアーばかりじゃないです。タイトスカートも多い。でも、丈は長い。まだミニスカートの時代ではない。



これもフィフティーズというと出て来るナンバーです。1957年の映像。これくらいの時代の女性ファッションが、オンナらしくていいね。



ロカビリーの産んだ最大のスターが、このエルビス・プレスリーだろう。白人なのに、黒人特有の歌唱法やステージ・アクションを身につけていた稀有な存在。ビル・ヘイリーと並んで、この人のお陰で、ロカビリーは世界を征服した。



プレスリー、1956年の映像。ビル・ヘイリーはリズム以外はあまり黒っぽくないが、プレスリーは歌い方も仕草も黒っぽい。顔だけ白人w



プレスリーの時代になると、ほぼ同世代的に日本でもロカビリーのブームが来る。既にカントリー・ミュージックが一部では受け入れられていて、そこが母体になったようだ。1958年の2月8日、日劇ウエスタン・カーニバル。ロカビリーは、東京の繁華街にたくさんあった「ジャズ喫茶」で演奏されていたが、ウエスタンカーニバルによってメジャーな存在になって行く。やがて、ロカビリーが下火になっても、次の大ブームである「グループ・サウンズ」の担い手として1977年の57回まで続いた。



グループ・サウンズのブームもひっそりと終焉を迎え、日劇ウエスタンカーニバルが終わってから数年後、突如、原宿に湧いたのが、「原宿ローラー族」ですw おいら、ヨコハマの山下公園でもこういうの見たな。この頃になると、誰もその当時は知らない。既に「様式美」の世界です。

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こんにちは。
サドルメンからのベーシスト、マーシャルおじさんは
このバンド(UK)と来日していて握手とおじさんのカセットテープにサインを貰ったのが今でも家宝(笑)
http://youtu.be/Okkb2FSGIJE
ようつべはその時の模様(福岡)ですがあたしは横濱から新宿でのライヴに駆けつけました。
バンドだけ、この1年前に初来日しています。

カントリーというかヒルビリーとジャンプ&ジャイヴの融合でしょうかねロカビリーは。


「彼のコメッツ」のメンバーで組んだJodimars
http://youtu.be/oz55phHer6Y

Roy Montrell 名曲です。
http://youtu.be/bCE34d-gzgo

Little Richardはロックロール以前のが好き
http://youtu.be/aHtR3PhNVsM


お袋(昭和14年生まれ)からハマジルを習っておくべきでした……

ジャンプとかジャイヴとかあの辺好きでつ

Slim and Slamとか、面白系が黒人には入ってるんですよね。
キャブキャロウェイも。
count basieにも one o'clock jumpっていいのがあるし

白人はカッコ付けてるね。
そっちの方が売れんのかな。

ナットキングコールも最初はジャンプ&ジャイヴですね

イエ~イ

1981 Roosters VS THeRockers
http://www.youtube.com/watch?v=BUgPBOLHZRY&feature=related

沼津に「サンタフェ」という古着屋があります。
あたしが20んときにすでにあったので20年は続いてます。
そこのオーナーがロカビリーバンド(Cotton Pickin'とHillbilly Trio)をやっています。Hillbilly Trio でググってみてください。

三島、長岡にも沢山ロカビリアンが居ました(笑)
ハセショク(長谷川食堂?)という店に連れていかれたのですが、
大盛り注文するとライスが洗面器のようなのに盛られて出てきました(笑)

クロンボで今もJumpin' Jiveな人orバンドは居ませんかね?

The Kings of Nuthin' - For You
http://youtu.be/T4UtW9HIDTQ

日本のジャンプ(ブルース)の第一人者は、吾妻光良(もと日テレ)&The Swinging Boppers 。
それと、(ビッグ)ジョー・ターナーはたしかにご紹介の文章にあるように、30年代のブギウギピアノとの共演が有名ですが、アート・テイタムとのセッションはブルース風のジャズです。実際に聴かないで、文書情報から適当に推測した記事じゃないですかね。

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