元寇について

| コメント(18)
昔から、日本というのは軍事大国だった。なんせ、最も非武装に近かった江戸時代においても、密かに西洋の軍事知識を身に着けて、傍装式雷火銃とか作っていたほどで、ペリー提督の連れてきた海兵隊のマスケット銃より、それを出迎えた江川さんの農兵隊の方が最新式の武器だったというのは、あまり知られてないんだけどね。また、戦国時代末期の日本が、世界一の軍事力を持っていたというのは良く知られているんだが、元寇の時にも、源平合戦のすぐ後なので、実戦を経験したツワモノ揃いで、世界に冠たる軍事大国だったのは間違いない。ただ、戦い方が違っていて、様式に則って「我こそは」とか名乗りを挙げているところを、集団戦闘方式の元軍に矢で撃たれたりと、トンチンカンな出来事もあったらしいが。元寇について言えば、相手はしょせん、ランドパワーなので、海を渡って攻めて来るだけで精一杯で、日本に継続的に拠点を確保するだけの補給は効かなかったと考えられる。

元寇の軍船、高麗産ポンコツ仕様の粗製濫造では無かったかも

ハバナブラウン(やわらか銀行) 2012/10/11(木) 01:37:21.45 ID:F5xhsLZR0

元寇船の底板、二重構造...粗製乱造でなかった?

元軍の沈没船の底板。右上の内装用と見られる板と二重構造になっている

13世紀の元寇(げんこう)の舞台となった長崎県松浦市の海底遺跡「鷹島神崎(こうざき)遺跡」(国史跡)で、昨年見つかった元軍の沈没船の再調査をしていた琉球大と同市教委は10日、沈没船の底板が二重構造になっていたと発表した。
これまで、元軍壊滅の原因については、大量の船を急造したため簡易な構造になり、衝撃に弱かったとの見方もあったが、調査を主導した琉球大の池田栄史(よしふみ)教授(考古学)は「これまでに見たことがない構造。
丁寧な組み方をしており、粗製乱造ではなかったのでは」と見解を示した。
スミロドン(東京都). 2012/10/11(木) 01:39:17.83 ID:le1Cj1Qe0
そりゃ当時日本海を寄港なしで渡るってんだから相当しっかりした造りに決まってるだろ
アメリカンワイヤーヘア(福岡県). 2012/10/11(木) 01:40:52.27 ID:B1E39VaT0
日本海の荒波を越えるんだから当たり前ちゃ当たり前だ
しぃ(WiMAX). 2012/10/11(木) 01:41:02.90 ID:piEScgpL0
だからさ、おまえらなんで闇雲に昔の人をバカにすんだろ?
昔の人が現代に生まれたらみんなアインシュタインクラスかもしれんのだぞ
ロシアンブルー(九州地方) 2012/10/11(木) 01:41:29.37 ID:WYTJds2LO
元寇船の船底を二重底にして、何の効果を期待しての対策だったの?
舟の重心の安定とか推力を期待して?
まぁ、台風にやられたんだけれども
10  白黒(西日本). 2012/10/11(木) 01:47:10.58 ID:4v3EFo3y0
>>8
タンカーと同じで、来る時は海水入れて来て、帰りは戦利品を積んで二重底の海水を抜くんだよ!(`・ω・´)
15  オシキャット(愛知県) 2012/10/11(木) 01:58:43.74 ID:7bY2nkt10
>>10
おー、勉強になったわ
16  ジャガーネコ(東日本) 2012/10/11(木) 02:02:17.99 ID:a7U25GEj0
>>15
嘘に決まってるだろ
38  クロアシネコ(兵庫県) 2012/10/11(木) 03:22:29.21 ID:S+3VRqGV0
>>8
新聞ソースだと、水漏れ対策らしい
底が抜けそうなんでもう1枚床を張ったということらしいよ
42  ロシアンブルー(九州地方) 2012/10/11(木) 03:29:26.80 ID:WYTJds2LO
>>38
安定とか推力とかじゃなくて、ただ単に水漏れ対策とは...
構造的欠陥に対する対策だったのか
あざーっす
14  ラガマフィン(神奈川県). 2012/10/11(木) 01:57:41.47 ID:iTqC3mcN0
そりゃ元の正規軍なんだからちゃんとした船に決まってるだろ
何ヶ月海で逃げたと思ってるんだ
19  アムールヤマネコ(東京都) 2012/10/11(木) 02:15:19.61 ID:Lne/2vGu0
大陸は台風について無知だったとしても
数十年支配した朝鮮半島は日本列島と同じくらい台風食らってるんじゃなかったの
29  キジトラ(dion軍) 2012/10/11(木) 03:07:46.53 ID:8bmxU0qv0
>>19
朝鮮はあんまり台風こないじゃんか、毎年天気予報見て分かる感じ
引き上げた中には河で使う為の船が出てるのは事実
お偉方用と間に合わせで寄せ集めた船とごちゃごちゃ
22  リビアヤマネコ(静岡県). 2012/10/11(木) 02:20:17.12 ID:57mHO9jR0
>>19
無知っていうか、ただたんに上陸して拠点作れずに船の上に何ヶ月も居たら、常識的に考えて台風に遭うよねってだけの話だよアレ
53  ラグドール(東京都) 2012/10/11(木) 04:26:46.60 ID:WpPD8q7P0
>>19
神風は「神の国」神話のための明治時代の捏造 本当は武士が強かっただけ
お前らが小学校時代に習って今でも信じている元寇
http://image.blog.livedoor.jp/tujitya/imgs/2/2/22ad64a0.jpg
オリジナル
http://livedoor.blogimg.jp/newwarata2kki/imgs/8/3/836173c8.jpg
20  カラカル(家) 2012/10/11(木) 02:16:14.42 ID:2FMZS5Nv0
上の階でタイコ叩いて下の階で奴隷が船漕ぐんだろ?
知ってるよそれくらい
21  アメリカンワイヤーヘア(東京都). 2012/10/11(木) 02:17:10.03 ID:HlqIn8Bz0
生木で作っちゃったから水を吸って沈んじゃったんだって
作家の白石一郎さんがテレビで講義してた
24  マレーヤマネコ(富山県). 2012/10/11(木) 02:35:49.54 ID:l3pT7LYs0
チョッパリのためにわざとオンボロにしたニダ 感謝するニダ
とか言ってなかったか?
26  スナネコ(奈良県). 2012/10/11(木) 03:05:06.44 ID:6m0IOa9n0
>>24
エベンキさんは関与してないですご苦労様です
27  シャム(やわらか銀行) 2012/10/11(木) 03:05:10.68 ID:dBsZRlDY0
1回目は、攻撃側の規模が小さかったのにもかかわらず元の圧勝
ただ、威嚇が目的だったため、リーダー戦死と台風であっさり撤退
このとき九州に上陸して橋頭堡を築いていればおそらく日本滅亡

2回目は、日本がバッチリ準備、とにかく上陸阻止作戦を徹底した
元の軍は大部隊だったのにもかかわらず上陸できず時間を無駄にした
海上に留め置かれた元軍は補給もままならず疫病も発生し疲労困憊
結局台風の季節まで引き延ばされ神風吹いて終わり
43  ラガマフィン(神奈川県) 2012/10/11(木) 03:31:23.43 ID:iTqC3mcN0
>>27
一回目が全然違うわけだが
47  ジャガー(関西・北陸) 2012/10/11(木) 03:38:33.50 ID:QIP8Ib8yO
>>27
日本滅亡とかwwww
実力で負けてんだよ
台風だからとか海だからって笑える言い訳はやめろよ
56  ロシアンブルー(空) 2012/10/11(木) 06:33:29.98 ID:J+ruyM/F0
>>27
橋頭堡を築いたところで兵站を維持することも出来ずに、日本勢に嬲り殺されて終ったんじゃないか?
58  ヒョウ(大阪府). 2012/10/11(木) 06:46:02.32 ID:7wtIaIcA0
>>27
文永の役の際の元軍の様子(元側の資料『高麗史』より)

金方慶(朝鮮人司令官)「兵法に『千里の県軍、その鋒当たるべからず』とあり、本国よりも遠く離れ敵地に入った軍は、却って志気が上がり戦闘能力が高まるものである。我が軍は少なしといえども既に敵地に入っている。我が軍は自ずから戦うことになるが、これは秦穆公の孟明の『焚船』や漢の韓信の『背水の陣』の故事に沿うものである。再度戦わせて頂きたい」
忽敦(モンゴル人総司令官) 「孫子の兵法に『小敵の堅は、大敵の擒なり』とあって、少数の兵が力量を顧みずに頑強に戦っても、多数の兵力の前には結局捕虜にしかならないものである。疲弊した兵士を用い、日増しに増えるであろう敵軍と相対させるのは、完璧な策とは言えない。撤退すべきである」
元軍の認識では、日本軍は「大敵」で元軍を「小敵」に準えて、このまま戦い続ければ捕虜になると判断して撤退したことがわかる。
また、この時に戦った武士はわずか数千にすぎないのにもかかわらずだ。
ちなみに暴風雨にあったのは、元軍が日本から逃げ帰る途中のことにすぎない。
文永の役については暴風雨と勝敗は何の関係も無い。
よって(攻撃側の規模が小さかったのにもかかわらず元の圧勝
ただ、威嚇が目的だったため、リーダー戦死と台風であっさり撤退
このとき九州に上陸して橋頭堡を築いていればおそらく日本滅亡 )
なぞ、100%有り得ない。
詳しくはウィキの元寇を読んだらいい。脚注に原文の資料が載っているからソースも確かだ。
66  ベンガル(東日本). 2012/10/11(木) 07:58:47.63 ID:r4v+Azhk0
>>58
それってさ、高麗史にしか書かれてないことだからさ。
高麗史なんて一番信用度が低い資料を根拠に語られても困るわ。

もっとも>>27の言う、いわゆる威力偵察説も
現在有力になっている説ではあるが、疑問は多い。
モンゴル軍の水軍での戦いのセオリーや前例がないため何とも言えないとこがある。
とはいえ、このときの元軍の規模は数万程度だっため
実際小規模であり、威力偵察的な意味合いが強いというのは説得力がある説ではある。

まぁ、はっきしてることは一進一退的な戦いをしながらも、
決定的敗戦もないまま、モンゴル軍は何故だか突然撤退した。
それが真相。
何故だか分からないから昔から議論されてるわけだわな。
神風説もそのひとつ。
しかし、君の言うとおり神風は文禄の役では全く関係ない。

普通に考えれば、予想外の日本軍の強さに撤退したってとこだろうな。
モンゴルも最初から深入りするつもりは無かったんだろう、恐らく。
よって次の弘安の役では10万以上の大軍で襲来するわけだわな。
69  ヒョウ(大阪府). 2012/10/11(木) 08:30:25.01 ID:7wtIaIcA0
>>66
>予想外の日本軍の強さに撤退したってとこだろうな。
『高麗史』のままではないか。
ちなみに君が弘安の役で10万以上というのも『高麗史』が根拠になっている。
その他の元側の資料に江南軍の兵力の記載は無いからな。
少なくとも「何故だか撤退した」というより、上陸したものの思うように
戦況が好転せず、この先の戦況に不安を覚えた元軍は撤退したという『高麗史』
の方が遥かに信頼できる。
73  ベンガル(東日本). 2012/10/11(木) 08:51:42.70 ID:r4v+Azhk0
>>69
別におまえの説否定してるつもりないが。
総合的に資料参考にしながらも疑った見方すべきと書いてるだけだがな。
意味通じないか?
それと、おまえみたいに、自説に都合のいいとこだけ資料持ちだして、
都合の悪いとこは無視する奴が一番信用できんわ。
元側資料でも日本側資料でも日本兵は10万と記載してるだろ。
そして高麗史にも日本は大軍と記載されてる。
なのに、そこだけ勝手に脳内資料持ちだして数千とか決めつけてるし。
小学生かよ。
74  ヒョウ(大阪府). 2012/10/11(木) 08:56:15.44 ID:7wtIaIcA0
>>73
>元側資料でも日本側資料でも日本兵は10万と記載してるだろ

君は66で「次の弘安の役では10万以上の大軍で襲来するわけだわな」と言っている。
明らかに日本軍のことではなく、元軍のことを言っている。
で、元軍が10万以上という根拠は『高麗史』しかない。
よって、「高麗史なんて一番信用度が低い資料を根拠に語られても困るわ。 」
と高麗史の資料的価値を根拠もなく否定している君が『高麗史』が根拠になっている
元軍は10万という数字を出したことを皮肉っているだけだが。
75  ベンガル(東日本). 2012/10/11(木) 09:04:21.56 ID:r4v+Azhk0
>>74
元史に10万の軍(勢)と書いてあるわ。
帰還できた兵士の記述のとこでな。
どこまで恥の上塗りする気だ、おまえは。
30  ジャガーネコ(熊本県) 2012/10/11(木) 03:09:29.14 ID:JiLLMx4y0
今は神風は関係ないってのが定説なんだよな
神風のおかげで撃退したという事にしておいた方が論功行賞でたくさん支払う必要が無くなる
31  スペインオオヤマネコ(兵庫県). 2012/10/11(木) 03:10:31.43 ID:Qx7F16i30
>>30
そんな話は定説にはなってないが
35  ジャガーネコ(熊本県) 2012/10/11(木) 03:16:44.01 ID:JiLLMx4y0
>>31
discovery channelの受け売りだから否定するならしてくれ
自分でも調べたけど
今でも教科書では神風のお陰で助かった的な記述なんだろうな
32  ヨーロッパヤマネコ(やわらか銀行). 2012/10/11(木) 03:10:50.85 ID:8nlTDxg10
じゃ日本軍が強かったてことか
神風ちゃうやん
実力ヤン
34  ブリティッシュショートヘア(福岡県) 2012/10/11(木) 03:13:16.91 ID:7Cfo2+Ty0
つーか、二重だからすごいの??
36  スナネコ(新疆ウイグル自治区) 2012/10/11(木) 03:18:20.42 ID:f6ilV1hX0
九州の豪族3千人位で10万人以上の元軍を全滅させた
日本は勇武の国
37  アビシニアン(catv?) 2012/10/11(木) 03:19:13.80 ID:72jWsbOH0
そら日本をつぶすためだから、丹精をこめて作ってるに決まってるだろ
で、なにが日本のためにわざともろくしたって? クソ公共放送局め
40  サーバル(大阪府) 2012/10/11(木) 03:24:05.71 ID:1gpst4x90
本気出したけど負けたんか
41  サーバル(福岡県). 2012/10/11(木) 03:28:12.24 ID:z+O9qo7h0
神風は一回来たのかも微妙らしいな
中学の日本史適当に教えられてたのがよくわかるが今も神風で撃退したとか教えてんのかな?
44  メインクーン(東京都) 2012/10/11(木) 03:34:31.86 ID:CV1BoHXc0
いくら船が良くても乗っていたのは殆どあのチョンだから 対馬ではチョンらしく悪辣な略奪をやったが
戦闘モードになった日本人には歯が立たなかった 
45  サーバル(福岡県) 2012/10/11(木) 03:36:15.17 ID:z+O9qo7h0
>>44
実際追い返してる絵も残ってるらしいな
48  ロシアンブルー(九州地方) 2012/10/11(木) 03:40:14.94 ID:WYTJds2LO
>>45
竹崎季長のアレは御賞に与る為のプロモーションだ、って誰かが言ってた
49  ぬこ(西日本) 2012/10/11(木) 03:42:11.61 ID:dVNTJpY/0
南宋攻略に忙しかった元に日本侵攻を何度も進言したんだっけw
50  白黒(チベット自治区) 2012/10/11(木) 03:49:17.22 ID:57WEGKzv0
<丶`∀´> 防水隔壁の起源は韓国ニダ!
51  ロシアンブルー(チベット自治区) 2012/10/11(木) 03:57:44.93 ID:gsZ0cj1g0
多分ヨーロッパから技術輸入したんだろ
52  シャルトリュー(家) 2012/10/11(木) 03:57:51.68 ID:LAkvfkVAP
通信もない時代に船に兵隊だけ乗せて日本を攻略しようってのが無理な話
54  ピューマ(庭) 2012/10/11(木) 06:02:38.63 ID:JXwwuuPs0
つうかわざとポンコツ作ったとかなんの根拠もない話ですから。
自分とこの兵士わざと殺すわけないし。
57  ラグドール(関西・北陸) 2012/10/11(木) 06:44:53.60 ID:EZUux0YzO
中国本土から来たのと高麗からのと2ルート在るからな。
中国本土からの船はちゃんと作ってたんだろうな。
59  ヒョウ(大阪府). 2012/10/11(木) 06:49:30.22 ID:7wtIaIcA0
>>57
東路軍も台風により損害を受けたが、江南軍に比べると損害は軽微であった[32][36]。
その理由を『高麗史』に登場する高麗人の言によると、高麗で造船された戦艦に比べて、江南の船は大きな船は大きいものの、脆弱であったとしている[227]。
また、元朝の官吏・王?ツもまた「唯だ勾麗(高麗)の船は堅く全きを得、遂に師を西還す[228] 。」
としており、高麗船が頑丈だったことがわかる。それを裏付けるように、高麗兵と東路軍水夫の戦死、病死、溺死を除く生還者は七割を越えていた[32]。

詳しくはウィキ参照。
61  ラグドール(関西・北陸) 2012/10/11(木) 07:03:22.06 ID:EZUux0YzO
>>59
高麗史だからなあ。
ウリ達は立派に戦ったのにあいつらが足引っ張ったニダ!
って読むのが正しいんじゃない?
62  ヒョウ(大阪府). 2012/10/11(木) 07:22:50.82 ID:7wtIaIcA0
>>61
元朝の官吏の王?ツも高麗船が頑丈だったことを認めてるよ。
60  メインクーン(埼玉県) 2012/10/11(木) 06:53:34.29 ID:mHW+EL440
鎌倉幕府は文永の役のかなり前からモンゴルの侵攻に備えてたらしいよ
http://blogs.yahoo.co.jp/sa341gazelle
63  ジャガーネコ(WiMAX) 2012/10/11(木) 07:30:23.34 ID:VhFqag/Z0
古代の朝鮮半島で活躍した古代朝鮮族はこのへんで滅んだのかもな。
で、弱体化したところをエベンキ族にやられたと。国土も文化も歴史も乗っ取られた。この辺で古代の朝鮮とそれ以降現代にいたる朝鮮に歴史の断絶が発生した、と。
そんな風に考えないと,すでに文明化していた古代朝鮮族が未開部族のエベンキ族にやられるのが不可解だ。
そもそもエベンキ族が朝鮮半島に出現するのはこのとき蒙古にくっついてきたのかもしれん。なにもないときに理由もなく未開の部族の大集団がアジア大陸を大移動してくるとは思えないからな。
なにかしら歴史に記録されているような大事件がないといけない。蒙古の元帝国の成立がそれかな。
蒙古とエベンキ族の関係はいまちょっとわからないが、同族なのか,上下支配関係があったのか、詳しいことはわからん。
64  ヒョウ(埼玉県) 2012/10/11(木) 07:37:28.40 ID:dB7YQKqO0
頑丈過ぎて重くて沈んだ。。とかじゃないのか。。
65  ヒョウ(大阪府). 2012/10/11(木) 07:43:06.02 ID:7wtIaIcA0
高麗船が頑丈だったのは技術的な面というより良い木材を多く用いていたからだと思う。
技術的な面で江南船を上回っていたとは思えないし。
67  トンキニーズ(神奈川県). 2012/10/11(木) 08:04:31.37 ID:GI8NBUaf0
食い物に困ったんじゃないw
68  ノルウェージャンフォレストキャット (神奈川県) 2012/10/11(木) 08:13:50.83 ID:9rXAZy670
モンゴルって海外攻めまくっているけど、海越えで攻めたのって、
ひょっとしてこの時くらい?
70  ヒョウ(大阪府). 2012/10/11(木) 08:31:45.94 ID:7wtIaIcA0
『高麗史』がなければ、元寇はほとんど理解できない。 
ちなみに『元史』にも「矢がつき、官軍は整わず撤退した」と元軍が苦戦していたことが書いている。 
苦戦して撤退したという『高麗史』の記述と合致している。 
また、『高麗史』には『元史』では触れられていない元軍の副司令官の左副元帥・劉復亨が負傷したことが記されているなど、より具体的に戦況を伝えている。 
それに文禄じゃなくて「文永」な。 
72  ヨーロッパオオヤマネコ(山口県) 2012/10/11(木) 08:48:34.39 ID:TxwVsgj00
こうやって残ってるってのが凄いね
海の表面は波あったり酷いけど海の中って、安定した世界なんだね
76  ヨーロッパオオヤマネコ(山口県) 2012/10/11(木) 09:04:46.72 ID:TxwVsgj00
壇ノ浦の底も、調べてほしいな。
源平合戦の痕跡がみつかるかもしれない。
でもあっこアメリカ軍の爆弾だらけなんだよな。
77  カナダオオヤマネコ(東京都). 2012/10/11(木) 09:07:10.26 ID:zh6cWcD/0
文永は威力偵察説って何なの?
七年後の本作戦のための威力偵察?
80 ベンガル(東日本). 2012/10/11(木) 09:22:51.69 ID:r4v+Azhk0
>>77
モングル軍(騎馬軍)の基本戦術。
まず少数の先鋒軍が敵地に赴き、敵地を荒らしまわる。
敵軍で弱ければそのまま進軍する。
強ければ偽装撤退して
モングルの本軍が居るとこまで敵軍を引っ張りだして一挙に叩く。
それを渡海した上陸作戦でも使ったという考えだが、
何とも言えんとこがある。
83 カナダオオヤマネコ(東京都). 2012/10/11(木) 09:31:42.44 ID:zh6cWcD/0
>>80
それとやってること全然違うでしょう。
偽装撤退して日本側が海上に出たのを叩くとかの目的があったなんて
元史・高麗史見てもそんな意図は書かれてないし。
84 ベンガル(東日本). 2012/10/11(木) 09:50:56.43 ID:r4v+Azhk0
>>83
モンゴル軍はまず先鋒軍を派遣する癖がある
その軍は相手が強ければすぐ撤退する癖がある
それは未知の土地であるため地勢を知る偵察の意義もある
という考えから生まれた推論だよ。
そうただの推論。
でも、それなりの説得力があるから、現在良く唱えられてる。
もちろん君の指摘するような反論や、渡海してまでそんなことやるのかという反論もある。
まぁ決定力には欠ける考えだとは思うよ。
85 カナダオオヤマネコ(東京都). 2012/10/11(木) 09:56:43.18 ID:zh6cWcD/0
>>84
それは現代の軍事用語である「威力偵察」とはかなり異なるから
別の用語で表したほうがいいのでは?
87 ベンガル(東日本). 2012/10/11(木) 10:06:04.29 ID:r4v+Azhk0
>>85
まぁ、そーいう類は軍事板や日本史板にたくさんいるから
好きなだけ議論してきたらいいんじゃね?
俺は関心がない。
88 ヒマラヤン(兵庫県). 2012/10/11(木) 10:06:22.16 ID:NtdCd/Fs0
実際は神風のせいで勝ったのではなく、陸戦でかなり勝ってる。



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コメント(18)

>元寇の時にも、源平合戦のすぐ後なので、実戦を経験したツワモノ揃いで

嘘つけ。

日本刀+鎧+長弓の戦力差は大きいよ。
高麗兵は真綿みたいなヨレヨレの服着せられて、殲滅されたということだね。
おっかないので、毎晩船で寝泊まりしてて疫病や台風でアポーン・ドボーンてことで、今度もそういうことになりそうなので楽しみに待ってようね。
今度は、日本を海上封鎖しようってんだから、支那人のザル頭には畏敬の念を持っちゃうよホント!

>嘘つけ。

あー、その間、おいら授業中寝ていたんだ。

船体が2重底の件だけど
下朝鮮の博物館では元に抵抗するため、壊れやすい船を造ったので易々と日本が勝てた。高麗国の深謀だなんて屁理屈こねてるんで、船体強度の問題は結構重要なんざんす。

>様式に則って「我こそは」とか名乗りを挙げているところを、集団戦闘方式の元軍に矢で撃たれたりと、トンチンカンな出来事もあったらしいが

あとあと恩賞を賜る為に名乗りを上げなければならなかったそうでw
元寇のおかげで、その恩賞を払えなくなって鎌倉幕府はおしまいw

ふっと、思ったけど、東大話法って、
韓国が起源って言ってもいいくらい、
似てるなぁ・・・・・と。

河野の後築地。

朝鮮は一度も外国を侵略したことがないというのが朝鮮の道徳的優位で自慢らしいが
元寇での捕虜にされた者らの南宋人は無理やり参加させられたとして開放されてるけど、モンゴル高麗兵は全て処刑させられてるんだよね。

我こそは〜と名乗るのは味方に向けて発してるという読みました。
当時は誰が誰を討ち取ったかで褒賞が決まるのでこれは納得しました。

一回目は九州武士が足止めしてる間に各地から援軍が来たので撤退、
二回目は褒賞がもらえなかった各地の武士が張り切りすぎて元は上陸すらままならず
海上で寝泊まりしなくてはならなかった結果の神風という認識。
だいぶ離れた海上に停泊してたみたいだし、武士に相当びびってたんでしょうね。

朝鮮人はエベンキ族の末裔なんですね。
勉強になりました。

朝鮮でまたエライ事故が起こってますよ

フッ酸被害拡散、患者1500人超える…韓国・亀尾
http://japanese.joins.com/article/813/160813.html

薬品工場爆発:フッ素ガス知らされずに3時間救助作業
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/10/06/2012100600748.html
警察官「ニュースを見た妻からフッ酸の危険性について聞いた」

対馬、壱岐、北九州あたりは平安時代から奄美や女真なんかに狙われてひどい目にあってる。でも中央にしてみたら遠い場所の話で何もしてくれない。それで自分たちの身は自分たちで守る、という体制ができてきたんやと思う。江戸時代にあってもあの界隈はその土地柄、独特の装備を持ってた。軍備を整えたんはしごく自然の成り行きやったと思うよ。

元は当時世界最強の部隊だろう。水戦が不得要領にも拘らず九州まで来ちゃった。
武士は火薬を使った武器に相当吃驚したみたいだね、でもそれにビビらず夜襲の連続で、これに閉口した元軍は折角上陸しても夜は船に戻り休む、また翌日一からやり直しとやっている間に嵐で沈没。
やっぱ日本は運が良かったんだね。それと元軍の巨大さを知らない事も功を奏したね。

>20
>上の階でタイコ叩いて下の階で奴隷が船漕ぐんだろ?
>知ってるよそれくらい

たぶん、ベン・ハーの事でしょうね。
それ以外、思いつかないです。


昔、福岡の東公園にデッカイ坊主の像があって(今は知らん)、その足下一面が当時の状況を記す壁画になってた。非戦闘員を連行する際に両の掌に穴をあけて、荒縄を貫通させ複数人を数珠繋とした描写を今でも覚えている。合理的だとは思うが、今の感覚では惨い。

2chが教科書なんだよね?分かりますwww

>戦国時代末期の日本

大友宗麟が1578年頃に量産化していた「石火矢(いしびや)」らしきものが、ロシアの博物館にあるらしい。
http://www.oita-press.co.jp/localNews/2011_131725761421.html

仮に征服に成功しても海の向こうの相手を服従させ続けるのは難しいはずです。大陸側は自分達の政変が大陸特有の論理ゼロの支那滅裂なパワーゲームで好き勝手に起きるし陸続きの国境は他の勢力に侵犯されやすい。そうすれば海の向こうの領地の統治を全うなんてしてられないです。採算や見通しが立たないから先方(聖徳太子)が云ってきたようにさせておけばいいとなったのでは。それでも倭国大乱や南朝北朝とか隙あらばど外圧は掛けてます。
アメリカでさえ日本のあちこちに基地を置いて60年経ちますがいうことを効かない日本の政治家を友愛したりしないといけない位てこずってますw日本のふじわらーなプレゼンテンテイターは唐が国際帝国になってから衰退したように米にカトリックメキシコから不法移民(ゴッドブレスユーw)が浸透したり、中韓タウンが増えたりして米が太平洋戦争をした頃の米では無くなるトキを100年でも200年でも待つでしょう。それまでは仲良くしましょうと。横田幕府でいいやと。
元冠で撃退に成功していたので以後日本のどこも「盗まれた」と云わせなくしたのは武士の手柄ですね。恩賞貰えなくて幕府は転覆しちゃうけどw

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